映画チョコレートデリンジャー初公開最終日:杉作J太狼XS「美しさ勉強講座」連載48 (2/3ページ)
この間、世の中全体を見てもたいへんな出来事があった。大地震だ。直接間接の影響もあり信じられない貧乏もした。55年生きてきて最大最強の貧乏だった。貧乏の原因は自分にあるがそれだけではない。どれだけ気を付けていても通り雨に濡れるように貧乏に直面する。ずっと家の中にいれば雨に濡れることもないがそうもいかない。
そして、いまも俺は裕福ではない。
だが、金が欲しくて生きてきたわけでもないので当然と言えば当然である。
物書きでも金が欲しくて人が興味を持ちそうなことや書いてはいけないことばかり書くやつがいる。雑誌でも書かれた人が困ることや知られたくないスキャンダルばかりを書くものがある。それを知りたがる買い手がいちばん悪いのかもしれない。誰も買わなければ出版社も商売だから路線を変えるだろう。
金がないと生きていけない。
だが俺はそれでもやりたくないことはやりたくない。やれないことはやれない。
さきごろ亡くなった俺の好きな映画俳優について、破天荒な生き方についてしゃべってくれというテレビ番組の依頼があった。別にその俳優は暴力団員でも人格破綻者でもない。断るつもりだが、いや、断るが、断ったからと言って企画が変わるわけではないだろう。誰かがその番組のプロデューサーだかディレクターだか知らないがその誰かの、たいして映画に興味もない、視聴率だけが欲しい誰かの思惑の通りにしゃべるのだろう。うんざりだ。
俺は映画が作りたかったのだ。
それで1980年に上京して大学に行きながら映画の学校にも通った。それはたいして役に立たないものだったが、やるんだという気持ちは強くなった。
その後、漫画を描いたのも映画を作るためだった。
漫画でも映画でも生計が立たないからいろんなことをやった。それでもやりたくないことはやらなかった。自分自身が汚れることならいいが、自分以外の誰かを悪く言ったり書いたりするのはいやだった。スターならなにを書かれてもいいわけではない。スターにも親や子、身近なひとたちはいるのだ。書かないほうがいいことは書かないほうがいい。それを止めるのが胆力だ。
いまの時代、胆力がなさすぎる。