【プロ野球】経験をフィードバック! 川崎宗則(ソフトバンク)で思い出すNPBに復帰した日本人メジャーリーガー (2/2ページ)

デイリーニュースオンライン

■「下克上日本一」に貢献した井口資仁

 ダイエーから2005年にホワイトソックスへ入団した井口資仁。「2番・二塁」に定着し、当時のオジー・ギーエン監督が推進する「スモールベースボール」の一翼を担った。チームはワールドシリーズ制覇を果たし、入団1年目でチャンピオンリングを手にする。

 2007年途中にはフィリーズへ移籍し、シーズン途中の加入ながら打率.304と結果を残す。2008年はパドレスと契約するも、シーズン終盤には再びフィリーズでプレーした。

 そして2009年、ロッテと契約し5年ぶりに日本球界に復帰。復帰1年目は「4番・二塁」としてチームの中軸を担う。

 2010年は3番に座り、103打点をマーク。ダイエー時代の2003年以来となる100打点超えを達成した。また、四球の数はリーグトップの98。ポイントゲッターとしての活躍に加え、後ろの打者への「つなぎ」の役割を果たし、リーグ3位からの日本一に登りつめた「下克上」に大きく貢献した。

 その後も主軸としてチームを引っ張り、2013年には日米通算2000安打を達成。近年は代打での出場が多いが、その存在感から今も頼りにされている。

■楽天の精神的支柱・松井稼頭央

 2003年オフにメッツと契約し、西武を去った松井稼頭央。2004年シーズン開幕戦に「1番・遊撃」でスタメン出場。初球ホームランを放つ劇的なメジャーデビューを飾った。しかし、その後はスランプやケガが相次いだことで逆境に立たされ、二塁へのコンバートを余儀なくされる。

 事態が好転したのはロッキーズ移籍後の2007年。シーズン途中から1番に定着し、チームはナ・リーグ優勝に輝く。レッドソックスとのワールドシリーズでは西武時代の後輩・松坂大輔との対決も話題となった。

 2008年から3年間はアストロズでプレーし、2011年に楽天と契約し、日本球界復帰となった。

 楽天ではキャプテンに就任するなど若いチームを引っ張り、今ではお馴染みとなっているパフォーマンス「BURN!」をチーム内に浸透させた。2013年には主に7番を打ち、楽天初の日本一に貢献した。

 2015年からは外野手登録となり、昨季は56試合の出場にとどまったが、今季4月にはNPB通算200本塁打を達成した。

文=武山智史(たけやま・さとし)

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