松田聖子VS神田沙也加 電撃結婚でバレた「母娘修羅14年」(1)「聖子の娘」といじめられ… (2/2ページ)

アサ芸プラス

本人もデビュー後に、自著の中で『学校を4回も転校しなければいけなかった』という苦しい胸のうちを明かしています」

 結婚して10年もたたない94年には、愛人・ジェフに赤裸々な暴露本まで出版され、聖輝のカップルは風前のともし火。それでも別居生活をマスコミにかぎつけられると、聖子はすぐさま本来の自宅に帰っていた。

「報道陣の前に現れ、『皆さん、どうしたんですか?』と平然を装い、“別居していない”ことをアピールして仮面夫婦を演じていました」(前出・ベテラン芸能記者)

 しかし、結局は別の外国人ダンサーとの浮き名を流した末の97年、ついに神田との離婚が成立。その翌年に年下歯科医とわずか交際2カ月で「ビビビ婚」を果たし、世間をアッと言わせた。聖子を知る芸能関係者が内情を明かす。

「一方の沙也加は母に振り回された末、継父とともにロスの日本人学校へ留学。その際、現地のオーディションに通って短編映画に出演すると、作品自体が01年のカンヌ国際映画祭で高く評価されたこともあって注目されたんです。そのとたん、聖子が日本に呼び戻して、『SAYAKA』名で芸能界にデビューさせた。ふだんから『私のことをプロデュースできるのは私だけ』というのが口癖でしたが、娘のプロデュースも全て聖子仕様でした」

 みずからのステージに娘を上げ親子共演するなど、聖子ブランドで売り出したものの、ママドル聖子の七光り恩恵は長続きしなかった。

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