江戸時代アニマル事情(2)江戸に到着したゾウ、その波乱万丈な運命とは? (2/2ページ)

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漢詩の『詠象詩』、絵入りの書物『象のみつぎ』、ゾウにまつわる様々な知識や説話を記した『象志』と言った書籍もあれば、江戸っ子の新聞とも言うべき瓦版にもゾウ来訪が描かれるなど、知識人から庶民に至るまで市井はゾウの噂で持ち切りとなったのです。

死してなお名を残した広南の白象

江戸幕府の将軍直々に召し出され、朝廷からは官位を賜ったゾウでしたが、その晩年は寂しいものだったと言います。浜離宮で飼われていたゾウはエサ代がかかり過ぎたり、凶暴化して番人を死なせたために寛保元年(1741年)4月、世話係であった源助に払い下げられました。

源助は慣れ親しんだゾウと共に、様々な商売に着手します。拝観料を摂って見物する場所を作ってお饅頭を売ると言う現代にも通じるものもあれば、ゾウの涙や糞を漢方薬にしたりと、ゾウ人気を生かしたものでした。

しかし、如何にたくましく賢いゾウでも異国・日本の環境には慣れなかったのでしょうか。ゾウは翌年の寛保2月12月に病死してしまいました。ゾウの皮革は幕府に献じられ、牙と骨と鼻の皮は源助の物となった後に法仙寺へ納められ、『馴象之枯骨』(じゅんぞうのここつ)として今も一部が供養・保管されています。

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