一生独身でいる覚悟をすればモテ始めるかもしれない (2/2ページ)
才能が開花してチヤホヤされたあとに、本当の使命が見つかることもある、という、少々シビアな人生の一面を、テレビは丁寧にドラマ仕立てで見せてくれます
しかしどうであれ、自分に与えられた使命って、それなりに努力したあとでないと、見えてこないのでしょう。
「なんとしても結婚したい」も「生涯独身の覚悟」も、結論は同じたとえば結婚に関していえば、「わたしは生涯独身かもしれない、まぁそれはそれで仕方ない」と、腹をくくったほうが、モテやすいと思います。つまり「結婚したいような、したくないような」という感じで、中途半端に暮らしていても、きっといいパートナーなんて見つからないということです。結婚できない(結婚しない)、と決めたら、おそらく人は、瞬間であれ悲壮な表情になります。表情に悲壮感が漂わない人であっても、「結婚しないのであれば、キャリアに生きよう」と決心して、必死になって仕事をすることもあるでしょう。
このような悲壮感とか必死さが、いいパートナーを呼び寄せることがある、というのは、誰でも少しオトナになれば気づくことでしょう。
だから、「わたしは生涯独身かもしれない、まぁそれはそれで仕方ない」と、腹をくくったほうが、モテやすいのです。
腹をくくったところで、女性は10人いたら8人は結婚していくらしいので、そこまで悲壮な話ということもないでしょう。
ただ、結婚に限らずものごとなんでも、中途半端な姿勢で臨むより、必死になったほうが協力者が現れやすい、ということです。
だから、どうしても結婚したい人は、「なんとしても結婚してやる」と腹をくくるか、「なんとしても生涯独身で生きる覚悟をもつ」か、いずれかに腹をくくったほうがいいです。
どちらで腹をくくってもきっと、結論は同じでしょう。その人がもって生まれた使命って、神様にしかわからないわけですし、神様が決めた使命のとおりに「生かされている」のがわたしたちだから。
Written by ひとみしょう