天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 鳩山一郎・薫子夫人(上) (2/2ページ)

週刊実話

美人妻として聞こえ、外交官時代の芦田とは、当時、珍しいパリへ新婚旅行をしたというハイカラ女性でもあったのだった。

 さて、鳩山薫子である。薫子は「鹿鳴館」華やかなりし頃の明治21年、藩祖・黒田長政率いる福岡藩の譜代藩士の血を引く家に生まれている。「黒田武士」の血を引く女性ということである。その父は貴族院議員、書記官長(注・いまの内閣官房長官)をやった寺田栄。薫子は13歳で母と死別。ために長女だったことにより、家事一切、着物の洗い張りから仕立て、なんでもこなす少女時代を過ごしている。のちに、薫子は「あの頃の体験が、後年、政治家の妻として様々な困難に打ち克つ精神力をつくったと思っています」と語っている。単なる“お嬢さま”ではなかったのである。
 そうした薫子を買ったのが、薫子の父・寺田とは親戚筋で鳩山一郎の父・和夫の妻の春子であった。春子は薫子を養女として迎え、改めて薫子に英語、数学、漢文などの学問、さらに作法を叩き込んだうえで、長男・一郎の妻としたのだった。鳩山家を知る古い政界関係者が、筆者にこんな話をしてくれたことがある。
 「新婚時代の薫子夫人は、一度だけ一郎に手を上げられたことがある。一郎は毎日、風呂に入るのが日課だったが、ままお手伝いさんが水を入れず空焚きにしてしまい入れなかった。薫子夫人が『今日は入れませんから』と言うと、すかさず一郎の手が飛んできたのだ。夫人の偉いのは、自分が事前に電話一本かけて伝えておけばこんなことにはならなかったと自分を責め、以後、終生、一度として一郎を怒らせることがなかったということだった。この人をして、本当の意味での『女傑』ということになる」

 「女傑」ぶりは、やがて鳩山が首相になったあとの“女の整理”での手腕にもみられた。鳩山には、首相になる前に赤坂の芸妓「おゆき」という愛人がいた。当時のことゆえ政治家に愛人がいても責められなかったが、首相となれば別である。案の定、首相となったばかりの鳩山は、国会で「愛人がいるというのはいかがなものか」と追及を受けた。
 性格は開けっ広げで世事にうとく、そのうえいささかウエットな“お坊ちゃん”の鳩山はオロオロするばかりだったが、それを尻目に薫子はおゆきと“直談判”、これをきれいに別れさせてみせたのだった。
 結果、政権はかろうじて持ち直した。薫子の鳩山家を守る“手綱さばき”の見事さは、こんなものだけではなかったのである。
=敬称略=
〈この項つづく〉

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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