追悼・小林麻央 ブログに綴らなかった最期の自宅療養25日間(1)一時危篤で自宅療養を決意 (2/2ページ)
しかも麻央さんの母親が泊まれるようなゲストルームも用意して、受け入れ態勢は万全でした」(前出・芸能ジャーナリスト)
さらに、自宅療養を後押ししたのは、今年春、麻央さんを襲った体調の変化だった。
「一時危篤状態になった麻央さんは、病院で看取られるよりも自宅で過ごしたいと希望するようになったといいます。夫の海老蔵さんにしても父親の市川團十郎さんが病院で亡くなっているので、『妻の希望をかなえてほしい』ということで退院に至ったのです。本来なら、ガンの転移による痛みがかなりあったようなので、病院にいたほうが、緩和ケアとして有効だったようですが、QOL(クオリティオブライフ)を優先した形で退院したそうです」(医療関係者)
退院後は、とりわけ仕事で不在がちの海老蔵に代わって、自宅での身の回りの世話をしていたのが母親だった。梨園関係者が語る。
「母親のAさんは、麻央さんの食事の世話はもちろん、2人の子供の幼稚園の送り迎えも行っていました。麻央さんが自宅療養に切り替えてからは、幼稚園の帰りには近所の神社を参拝する様子も目撃されています。他にも麻央さんの酸素吸入器や緩和ケアの薬剤のコントロールも、医療関係者が不在の時間帯は任されていて、文字どおり24時間態勢で麻央さんに付きっきりだった」
そしてAさんは、日々の病状を逐一、海老蔵に報告してもいたほか、
「昨年5月に姉の麻耶が生放送中に療養疲れで倒れるという騒動がありました。それ以降は、あまり姉の麻耶さんにも負担をかけないように麻央さんのそばに常にいました。特に昨年の秋以降、麻央さんのガンが肺や骨に転移したと発表したあたりからは、夫とも一時的に別居して、麻央さんの自宅近くにマンションを借りて暮らしていたほど。Aさんの存在があったからこそ、海老蔵さんは歌舞伎役者の仕事に邁進できたのです」(前出・梨園関係者)