本陣、旅籠に木賃宿…実はいろいろ選択肢があった、江戸時代の宿泊施設 (2/2ページ)

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旅籠の分類も規模によって大中小に分けられたり、飯盛女と呼ばれたサービス(夜のお相手をする事もあった)に従事する女性の有無で呼び名が変わるなど、様々でした。

旅籠の宿泊料金は、一汁三菜の食事が付いて200文から300文と一律ではありませんでしたが、現代の価格に換算して3000円~5000円程度と、安価なビジネスホテルに近い価格です。

ちょっとリッチな脇本陣

脇本陣は、先述した本陣に格上の藩主が泊まった際に格下の藩主が用いたり、本陣では間に合わない大所帯の時に使われた、本陣に次ぐ格式の宿泊所です。これは高貴な人々が使っていない時は庶民の宿としても経営することが多かったため、経営難で潰れる事があった本陣と違って今も多くの脇本陣が現存しています。脇本陣に運よく宿泊出来た人は、殿様やお姫様の気分が味わえたかもしれませんね。

歌川貞秀『東海道之内 生麦』 ボストン美術館蔵

金欠の時の強~い味方・木賃宿とは?

お手頃価格の旅籠ですが、お金がなかったり節約したい時にはどうするのでしょうか?

そうした悩みを解決するのが木賃宿です。木賃とは光熱費に該当する薪のことであり、最低限の料金だけ払って寝泊まりすることを意味しています。また、寝具が自弁であったり食糧を自分で持ち込ん自炊(もしくは調理して貰う)をするなど、極めてシンプルな素泊まりの宿屋でした。

現代の感覚からすれば、随分とお粗末な宿に見えてしまいますが、宿泊費が安かったので懐の寂しい旅人を大いに助けました。場所や時期によって木賃宿の価格は様々ですが、今の価格なら数百円で寝泊まりできました。徒歩で何日も掛けて旅をした庶民の強い味方であったことは間違いありません。

庶民が気楽に旅を出来るようになった江戸時代には様々な宿がありました。本稿が、時代劇や歴史小説、大河ドラマなどを見る時に出てくる宿泊所を知るうえでの一助になれば幸いです。

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