天才テリー伊藤対談「原田真二」(1)高校時代は毎日が音楽漬けでしたね (2/2ページ)
確かデビューアルバムのジャケットは、テーブルに置かれたケーキを前にしてニッコリ笑っていましたよね?
原田 やっていました。しかも、蝶ネクタイなんかしてね(苦笑)。
テリー ああいう売り方はイヤだったんですか?
原田 自分としては、ロックがやりたくて広島から上京してますから、アイドルみたいに見られることに違和感はありましたね。
テリー 当時は、どんな音楽を聴いていましたか?
原田 僕はもっぱら洋楽ばかりです。最初はテレビで「ザ・モンキーズ」を観て音楽に興味を持ったんですが、僕らの世代は中3ぐらいの時にFM局が全国に一気にでき始めて、洋楽がたくさん入ってくるんです。僕は中でもエルトン・ジョンにハマりまして、ピアノを始めました。中2でギターを始めて、コードなどの理論はある程度わかっていたので、それを鍵盤に置き換えた感じでしたね。
テリー でも、ギターとピアノって全然違うじゃないですか。どこか学校に通ったんですか?
原田 いや、まったくの独学です。例えば、和音、コードの理論とか何となく頭に入っていましたから、それを弾きながらリズムをとればエルトン・ジョンみたいな雰囲気になるぞって。
テリー その辺りからして、もう凡人とは全然違うんだよなァ。となると、高校時代は当然、バンドも組んで。
原田 そうですね。常に5、6個は掛け持っていました。エルトン・ジョンやポール・マッカートニー、スティービー・ワンダー、ちょっと系統は違いますがT・レックスなどのコピーバンドもやっていましたし、ヤマハの管楽器の先生たちがやっていたビッグバンドのオーディションを受けて、ギターで参加していたこともありましたし。
テリー 高校生でビッグバンドに? すごいな。
原田 あとはジャズバンドもやってました。高校時代はとにかく毎日音楽漬けで、引っ掛かるものは何でもやっていましたね。
テリー 資料によると、ご両親とも教育関係の仕事ですよね。そんな状況で、「勉強しなさい」とは言われなかったんですか?
原田 そうですね。成績はどんどん落ちていったんですが(笑)、何も言わず、すごく協力的でした。
テリー 優しい親御さんだな。そういう環境じゃないと、偉大な才能は伸びないのかもね。