宵越しの金は持たねえ!そんな江戸っ子の暮らし、実はレンタル店に支えられていた (2/2ページ)

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江戸時代は安価な布ならばまだしも、よそ行きの衣服などを作る上質な布は高価なモノでした。他の道具や調度品も今のような機械ではなく手作りだったので、結構な値段が付くことが多く、その日暮らしの町人にはこれらの物を私物として買うなど高嶺の花だったのです。

今でも貸衣装屋さんや、場合によっては写真館や結婚式場、セレモニーホールなどで晴れ着や喪服を借りる人は多いですが、こうしたシステムは江戸時代から続く合理的かつお手軽なレンタルから続いていたのかも知れませんね。

火事とモノ不足が損料屋を生んだ

このようにして、江戸時代の庶民は現代人から見ればモノ不足と言われてもおかしくない状況下を、損料屋を使ったレンタルを利用することで不便なく過ごしていました。不自由しにくくなった代わり、物に溢れてスマートに暮らしづらいと言われている現代人とは良くも悪くも真逆と言えます。

損料屋によるレンタル店が発展した背景には江戸に代表される大都市は火事になりやすいと言う問題がありました。大枚をはたいて買った衣服や道具類などが焼けてしまえば水の泡であり、そうなるくらいならば借りた方が安上がりになるのは当然の帰結でした。火事に見舞われやすく、手工業メインと言う環境が、損料屋の需要を喚起したのですね。

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