大政奉還150年記念特別企画展「幕末維新と桑名藩 ━ 一会桑の軌跡 ━」開催 ~松平定敬書簡を初公開 <10月21日(土)~11月26日(日) 桑名市博物館> (3/5ページ)
これ以後、京都政局の中心として池田屋
事件・禁門の変・長州征伐・天狗党の乱などの政治課題に
取り組んでいくことになる。
桑名藩軍艦購入一件英文書簡(館蔵)
/勝海舟手造茶碗 銘 春の夜(館蔵)
/[パネル]討幕の密勅(薩摩藩宛)
(原本・鹿児島県歴史資料センター黎明館玉里島津家資料)
/[パネル]討幕の密勅(長州藩宛)(原本・毛利博物館)
第三章 戊辰戦争 ―桑名藩の戦い―
慶応3年(1867)大政奉還が実施され、「一会桑勢力」は
権力の座から一転して薩長と対立する立場となる。
鳥羽伏見の戦い以降、桑名城は開城し、抗戦派は北越から
東北へと戦いの場を移していく。
刀 銘 津藩廣山茂左衛門吉永造之 津藩須田市蔵正信自望
慶応三丁卯歳八月二日(桑名市博物館蔵)
/柏崎町絵図(桑名市博物館蔵・桑名市指定文化財)
第四章 明治の時代へ ―桑名藩を支えた人々―
箱館まで転戦した定敬は、最後横浜で謹慎する。
謹慎が解けた後は各地で桑名藩士の慰霊を行い、明治27年
(1894)には日光東照宮宮司に就任する。
また、定敬を支えた桑名藩家臣団から、恭順を説きながら
暗殺された家老吉村宣範(よしむらのぶのり)、責めを一身に負い
江戸桑名藩邸で切腹した森陳(たつみなおふみ)などを紹介する。