そうだったんだ!東海道四谷怪談は仮名手本忠臣蔵のスピンオフ作品だった (2/2ページ)
葛飾北斎「百物語 提灯お化けのお岩さん」
「四谷怪談」の最終段では、裏切り者・伊右衛門がお岩さんの怨霊に翻弄され狂乱したところに、与茂七が元義兄弟として、塩谷浪士(赤穂浪士)の義士の一人として登場し、裏切り者の伊右衛門を討ち取ります。与茂七は伊右衛門を討ち取った後、「忠臣蔵」のクライマックス、高師直家に討ち入りに向かうのです。
「仇討ち話」の表と裏を描く「忠臣蔵」が表の世界なら、「四谷怪談」は裏の世界。表では忠義を重んじ討ち入る義士たちがカッコよく描かれていますが、裏では男たちが仇討ちに苦悩する生々しい姿が描かれています。
三代豊国「十一段目」 左から三代目岩井粂三郎の大星力弥、五代目澤村長十郎の大星由良助、二代目市川九蔵の寺岡平右衛門
「四谷怪談」1幕では、伊右衛門がお岩さんの父親を惨殺。それを隠して「お義父さんの仇は俺が討つ!」と豪語したものの、後にお岩さんに仇討ちを急かされて「やっぱり仇討ちは嫌だあ!」と非常に苦悩しています。他にも、四十七士の与茂七が実は奥さんのお袖に身売りさせていたり、自身も最下級の売春宿に出入りする場面も描かれます。「四谷怪談」のダークな描写は、四十七士それぞれに綺麗事だけではない「仇討ち」への苦悩があった事を示唆し、「仮名手本忠臣蔵」では描かれない人間くさい部分を浮き彫りにします。迷いや苦悩の末、赤心から「忠臣蔵」討ち入りに参加する事を選んだ義士たちだからこそ、江戸っ子の目にはよりいっそう輝いて見えたのです。
Images:Wikipedia
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan