【日本人が知らないニッポン】奈良時代は「国際交流」の全盛期だった (2/2ページ)

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西方世界に製紙法が伝わったのは、8世紀中葉です。

紙に裏付けられた膨大な文字記録は、唐の法律や官僚制度を支えていました。「この場合はどうすればいいのか」ということを、場当たり的な措置ではなく正式な記録に照らし合わせて解決できるのです。だからこそ、唐王朝は途中の動乱期を挟みながらも300年存続しました。

日本から派遣された留学生たちは、寝る時間を惜しんで勉強に励みました。「日本人はせっかく手に入れた宝物を売って、その金で本を買い込んでいる」ということが中国側の記録に書かれているほどです。

・平城京と律令制

留学生たちが日本に持ち帰った最大の成果は、律令制です。

もっとも、律令制自体は平城京が築かれる以前からありました。しかし問題は、それを運用するスキルです。律令制、言い換えれば成文法を公平に運用するには、大勢の検察官や弁護士がいなくては話になりません。

奈良時代、日本人は歴史上初めて「成文法で国家を運営する」ということを実現させました。そしてそこから農地拡大政策や貨幣の制定、さらには東大寺大仏殿の建立につながるのです。

ところで去年、8世紀の平城京にペルシャ出身の役人が在籍していたことが判明しました。となると当時の奈良は、我々現代人が考えている以上に国際色豊かな都市だったということになります。

日本人を海外へ留学させるだけでなく、海外から人材を登用していた当時の朝廷。ただひたすら学びに徹するその姿勢は、1300年後の子孫に莫大な財産をもたらしました。

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