日本列島は「埋蔵金の宝庫」だ(2)「だらだら長者」のお宝を求め (2/2ページ)
この境内に隣接する北側に、「だらだら長者」と呼ばれる豪邸があった。
「この豪邸の主、日本橋の米問屋・生井屋久太郎がいつもだらだらとヨダレを垂らしていたことから、そう呼ばれていたそうです。天保の飢饉時に米の買い占めなどで巨額の富を成し、その財をここに埋めたと言われています」(八重野氏)
死後、埋蔵金の絵図が見つかると、すぐさま町奉行が“家宅捜索”。小判200両が発見されるが、隠した金はこんなものではないはず──。町奉行は庭の発掘を命じる。結果、空家へ続く地下道が掘られており、そこにあった油樽の中からも小判1200枚が発見された。それでも“あの男の財産が3万、5万(両)なんてはずはない”と‥‥。久太郎の埋蔵金探しは昭和になっても続いたのである。