紅白歌合戦「女たちの熾烈バトル」全秘話(2)<直撃2・園まり> (2/2ページ)
翌年1月にレコードが発売されると、瞬く間にミリオンセラーを記録。紅白は、曲のプロモーションの上でも効果を発揮した。
「紅白を見ていらした宮川先生が『新しいタイプの歌手が出てきたな』と思われたそうです」
園まりのささやくような歌い方は多くのファンを獲得し、ブロマイド売り上げも1位を独走。66年には、のちに藤圭子らがカバーした「夢は夜ひらく」の元祖として紅白に美声を響かせる。後半のトップバッターという大役を任され、客席から登場する演出だった。
その後も計6度の連続出場を誇ったが、69年にまさかの落選に。
「この年、ゆかりさんは初めての司会だったんです。3人で出ようねと誓い合ったんだけど、私だけ落選‥‥。当選確実とマスコミにも言われていただけに、これはショックでしたね」
今のように出演者の拒否が相次ぐ時代ではなく、歌謡界のど真ん中に「紅白」が君臨した時代の1コマであった。