昭和の“桃源郷”、渡鹿野島の今とは!? (2/2ページ)

日刊大衆

島には、人がすれ違うのも難しいほどの路地が張り巡らされており、そこを歩くと、古くからの住宅や廃業した店舗、朽ちた廃墟が散見できる。

 島で一番栄えているであろう場所に行き、そこで営業していた喫茶店で話を聞いてみると、「一番繁盛したのは1970年代、高度経済成長の頃だったねえ。その頃は、名古屋や関西の会社の慰安旅行みたいなのが多くて、お客さんは1000人単位で来とったからな。女の子が300人ぐらいおったけど、全然追いつかん。渡し船も全然足りなくて、波止場にも通りにも人が溢れ返っとったよ」

 その後も好景気が続けば栄えたようだが、バブルの崩壊やリーマンショックで産業が冷え込むと同時に、島の風俗産業も衰退。今では、“女の子”の数は30人程度だという。そのうちのほとんどが、東南アジア、特にタイから来た女性だそうだ。

 島を歩いていたら、犬の散歩をしていた中年女性に声をかけられた。

「兄さんたち、遊びに来たの? 女の子、呼んだげようか?」

 桃源郷と呼ばれた頃の賑わいは、すでに影もないが、昭和の遊びは、細々ながらも健在のようである。

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