食べては寝て…とまさに寝正月。正月の過ごし方は今も江戸時代も一緒?

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食べては寝て…とまさに寝正月。正月の過ごし方は今も江戸時代も一緒?

江戸の春はお正月からスタート

江戸では、元旦からが春とされていました。だからか旧暦では、1月は初春月(はつはるづき)、早緑月(さみどりづき)とも呼ばれていたよう。睦月という呼び名もありましたが、これには老若男女が身分年齢問わず一堂に会し仲睦まじくする月、という意味が込められています。

江戸時代の暦は旧暦のため1~3月が春だったので、2ヶ月くらい現代とずれているんですね。そして、1月は春の始まりであるだけでなく、1年の始まりでもありました。1月7日までは家の掃除も行いません。これには幸せをほうきで掃きだすことがないように、という意味がありました。

正月の過ごし方は今も昔も一緒?

元旦には、お屠蘇を飲んで雑煮を食べて、初詣に行きました。江戸っ子は、みんな同じ雑煮を食べることになっており、しょうゆのすまし汁に焼いた切り餅や小松菜、里芋、大根などを少し入れれば良しとされていました。シンプルで質素、正月気分を引き締めようという家康の想いが反映された雑煮といえるでしょう。米が大好きな江戸っ子たちは3日間雑煮を食べ続け、4日になってようやく待ちに待った白いごはんにありつけるわけです。

食べては寝て、とまさに寝正月。正月らしい過ごし方のひとつですね。庶民は炬燵に足をつっこんで読書したり、のんびりして、眠くなったらごろ寝して…といった感じだったようです。

一方商人はお得意様への挨拶回りがスタート。昔から商売人は人が休むときに働いていました。

「山下町日比谷外さくら田」歌川広重

お正月のお出かけ人気スポット

初日の出は、見晴らしのいい海岸や高台で拝むことが多く、2日からは新春大売出し。3日には芸事始め、7日は七草粥を食べます。16日は藪入りといって、奉公人の年2回の休日です。このときばかりはと、足取り軽く家に向かったことでしょう。

「江戸名所 洲崎はつ日の出」歌川広重

梅見物に行く人も、多数いました。特に有名だったのは、亀戸梅屋舗の臥竜梅でした。竜が臥すように地面を這っていたことから、こう名付けられたようです。江戸っ子たちに人気の梅の名所でしたが、明治43年の洪水で梅の木が枯れてしまい、亀戸梅屋舗は閉園となりました。ほかにも、向島百花園や蒲田、寺島の梅屋敷など見どころはたくさんあり、人気スポットだったようです。

「名所江戸百景 亀戸梅屋敷」歌川広重

粋な江戸っ子は言葉づかいでも縁起を担ぐ

江戸っ子らしい正月の慣習といえば、縁起の悪い言葉を避けたことです。例えば、皿小鉢が割れたといわず「増えた」といったり、くたびれるといわず「たくさん儲ける」といったり。こんな心遣いが粋ですよね。

縁起のいい言葉で1年を始めたら、きっといい1年になる。そんな気持ちになれるのかもしれません。

参考文献:大江戸探検隊(2003)『大江戸暮らし』、花咲一男(2000)『大江戸ものしり図鑑―ひと目で八百八町の暮らしがわかる』、丹野顯(2010)『江戸で暮らす』

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