弘兼憲史×蛭子能収「人生は70歳からが最高だ」(4)今必要とされていることが幸せ (2/2ページ)

アサ芸プラス

弘兼 またまた。十分稼いでるでしょ。

蛭子 俺、自分がどれくらい稼いでいるか知らないから。

弘兼 でも、考えたら幸せなことなんですね。僕の仲間はサラリーマンが多かったので62~63歳でみんなリタイヤ組なんです。でも体が元気だから暇を持て余してるんですよ。やっぱり、人間って自分が必要とされてると感じることが、いちばんうれしいんです。

蛭子 弘兼さんの、理想の死に方はありますか。

弘兼 野良猫みたいな最期がいいですね。小雪が舞い降る夜中、どこかの橋の欄干にもたれかかって喀血して、ズルズルと倒れていく。朝になって「あれ、弘兼じゃないか?」って発見される、みたいなね。あるいは藤子・F・不二雄先生みたいに、漫画を描いている途中に机で大往生も憧れますね。

蛭子 俺は映画「麻雀放浪記」の、高品格が演じた出目徳が、幻の役満と言われる「九蓮宝燈」をあがってショック死したシーンが好きなんですよ。

弘兼 それはいい(笑)。

蛭子 ただ、ギャンブルで死ぬなら、負けてスッカラカンになった時がいいです。勝ってお金だけ残して死ぬのは、もったいないじゃないですか。

弘兼 ハハハ、いかにも蛭子さんらしい考え方ですね。どんな最期を迎えるか、まだわかりませんが、それまでお互い、充実した老活を楽しみたいものですね!

弘兼憲史(ひろかね・けんし) 1947年山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業(現パナソニック)勤務を経たのち、74年に「風薫る」で漫画家デビュー。「人間交差点」で小学館漫画賞、「課長島耕作」で講談社漫画賞、「黄昏流星群」で文化庁メディア芸術祭優秀賞と日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年には紫綬褒章を受章。現在、「島耕作シリーズ」や「黄昏流星群」を連載中。

蛭子能収(えびす・よしかず) 1947年長崎県生まれ。高校卒業後、看板店、ダスキン配達などの職業を経て33歳で漫画家デビュー。現在、俳優、タレントとしても活躍。主な著書に「正直エビス」「ひとりぼっちを笑うな」「蛭子の論語」など。

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