東北地方に独自の政権を構えたヒーロー「奥州藤原氏」ってどんな人たちなの?[後編] (3/3ページ)

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しかし、地元民は彼を慕っていたらしく、晒された泰衡の首を“これは忠衡のものだ”と偽ってミイラにし、金色堂に納めました。

そうした人々の心を表していると思われるのが、泰衡の首と共に納められたものに100個余りの蓮の種です。蓮は極楽や仏様を象徴する花なので、臣下や民が泰衡の魂が天に召されるのを祈って供えたのかも知れませんね。

こうして奥州藤原氏は源氏による武士政権台頭と共に、日本史から姿を消しました。しかし、この蓮は平成12年(2000年)に開花し、中尊寺蓮として極楽浄土を模した中尊寺の境内にある池で栽培され、東北地方に極楽浄土のような理想郷を作ろうとした藤原四代の志を、今もなお伝え続けています。

画像:ウィキペディアより

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