天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 竹下登・直子夫人(上) (2/2ページ)

週刊実話

長老議員としてはなんとも嬉しいワケで、時に党の実力者などはこう言うことになる。『竹下、あれはいいぞ。なかなか勉強をしている』と。これが、人事のときに生きてくる。『○○先生の話では、竹下は見込みがある人物らしい。引き上げてみるか』で、竹下にポストが回ってくる“仕組み”だった。雑談の名手である一方での、“ジジ殺し”のゆえんです」

 と同時に、こうした場合、竹下は自ら話を持ちかけても、多くは「聞き役」に回っていたことが白眉だった。これは、政治の師である佐藤栄作元首相から伝授された極意である。佐藤は衆院議員に当選して間もない竹下に、こう言ったとされる。
 「竹下クン、いいか。口は一つだが、耳は二つだ。自説を突きつける前に、人の話をよく聞くことだ。そうすると、問題の落としどころ、核心がどこにあるかが見えてくるものだ」

 このことは、のちに竹下を「調整名人」に仕立てあげることとなった。例えば、長く続けた自民党の国対副委員長時代、与野党が激突して法案がニッチもサッチもいかなくなったとき、竹下が動くと不思議に解決の方向に向かうのだった。ここでは、「落としどころに落とす達人」の異名ももらっている。この点については、かつて筆者は竹下へのインタビューで、次のように聞いている。
 「僕は『調整名人』などと呼ばれたが、事をうまく運ぶには、あくまで明るく、相手に礼を尽くすところから始めているだけだ。そうすると、相手の頑なさが自然に崩れてくる。そうした中で、ひたすら説得しつつ推進し、推進しつつ説得する。もとより、こちらが譲れないところはトコトン話し合うが、相手の主張も生かす。相手の主張が残れば、例えば、社会党の国対の相手もメンツが立つ。“汗は自分で、手柄は人に”という精神でやっていたわナ」
 この竹下を評して「陽気な策士」の声があった一方、「“竹下流”は漢方薬のように、あとでジワジワ効いてくる」との見方が広がった。

 一方、こうした「気配り」満点の夫に対し、妻・直子はと言うと、こちらは気さくにして“度胸一番女房”として知られ、とりわけ竹下を囲む政治部記者相手の麻雀では相当のウデを見せつけ、カモられた記者が列をなすほどだった。しかし、“猛妻”の側面はあったが、竹下が首相の座に就くと当時のレーガン米大統領夫人と見事に呼吸を合わせ、「ナンシー」「ナオコ」とファーストネームで呼び合う関係をつくり上げ、竹下の日米外交を支えることになるのである。
=敬称略=(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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