雪の日、お江戸の人はどうしてた?浮世絵で江戸時代にタイムトリップ:パート2
先週は東京にも記録的な積雪で、あちこちが純白の雪景色でしたね!東京がお江戸と呼ばれていた時代には、雪が降ったらどのように過ごしていたんでしょう?前回に引き続き、ちょいと覗いて見てみましょう。
雪の日、お江戸の人はどうしてた?浮世絵で江戸時代にタイムトリップ:パート1 寒いときには屋台で山くじら
広重「名所江戸百景 びくにはし雪中」
「山くじら」と書かれた看板の前で、熊さん八つぁんがひそひそ話しています。「寒みいから山くじらでも食おうじゃねえか」「おう、そうしよう」・・・2人はするりと店に入って行きました。山くじらとは猪肉の事。猪肉は体を温めると言われており、意外にも食べる人は多かったんです。
右側の看板を見てください。「◯やき 十三里」と書いてあります。「◯やき」というのは焼きいも(さつまいも)の事。なんで「十三里」かって?「栗(九里)より(四里)うまい」からですよ!シャレを忘れちまったら江戸じゃあ生きていけませんから、お江戸に来た時はいつも心にユーモアが大切です。
冬の朝は寒いからしっかり着込まなくちゃ
国芳「雪月花の内 雪の朝」国立国会図書館
今度は家の中に、おじゃまします。家屋におこもりの姐さんたちは、綿入れのどてらをしっかり着込んで、長火鉢に墨を丸めた炭団(たどん)を入れて、暖をとっています。少々着膨れすぎじゃないかって?そりゃそうです。だって家も木造で戸は障子ですし、暖房もないんですもの。これくらいは防寒しなくちゃ、やっていけませんよね。
寒いときにはこたつから出ないよ
豊国「〔雪〕見八景 らくがん」
こちらの気だるげな芸者の姐さんは、こたつに足を突っ込んでいます。こたつの上には練習中なのか、端唄の歌詞。三味線を抱えてチリチリやりながら窓の外に連なる雁の群れを見送ります。
雪なんて楽しくない
菊川英山「青楼行事八景 居続の暮雪 鶴屋在原」ボストン美術館蔵
あらあら、こっちの遊女の姐さんはますます気だるそう。窓際に腰掛け房楊枝※をくわえ、雪の降りしきる外を眺望する瞳は物憂げ。ちょいと訳を聞いてみましょう。「姐さん、どうしたんですか?」「いやさあ、この大雪で嫌いな客が帰らねえんだ。1日だって苦痛なのに、もう2日連続居続けだよ。おまけにまだ降ってるだろ。もう憂鬱で仕方ねえからハミガキしてんの」そうだったんですね。遊郭の事を苦界とは言いますが、こういう時にこそ、辛さが身体の芯まで沁みます・・・。※(ふさようじ、ハミガキの事)
雪の中の二人
春信「雪中相合傘」ボストン美術館蔵
こちらは正反対に、カップルの2人。相合傘なんてしちゃって、羨ましい限りです。ちなみに2人の頭巾の被り方はお高祖頭巾(おこそずきん)と言って、若者が防寒のために被った当時流行のファッションでした。特に、春信が活躍した享保〜宝暦年間に流行ったそうです。
この絵にぴったりの都々逸、1つ唄わせて下さいな。
「重くなるとも持つ手は二人 傘に降れ降れ夜の雪」
なになに、火鉢よりこたつより、恋が1番あったかだって?こりゃどうも、お後がよろしいようで・・・。
【参考文献】
河合敦「江戸の四季と暮らし」学研プラス【画像出典】
広重「名所江戸百景 びくにはし雪中」 国芳「雪月花の内 雪の朝」国立国会図書館 豊国「〔雪〕見八景 らくがん」 菊川英山「青楼行事八景 居続の暮雪 鶴屋在原」ボストン美術館蔵 春信「雪中相合傘」ボストン美術館蔵日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
