有賀さつき「52歳ガン死」までの過酷闘病(2)フリー女子アナの草分け的存在 (2/2ページ)

アサ芸プラス

「交際中から思うところがあって、『離れたほうがいいかな』と別れを決意しました。でも、その2日後に妊娠が発覚しました。産まれてくる子供のために何がいいのか考え、刑務所に入るつもりで結婚しました」

 そんな経緯があったため、結婚後も“仮面夫婦”だった。価値観も「水と油」で、結局4年でピリオド。「子育てをするためだけの共同生活だった」と振り返っている。

 離婚後も多方面で活躍。近年は漢字検定準1級を取得したり、クイズ番組で難問に正解するなど、かつての“おバカキャラ”とは異なる一面も見せていた。前出・山中氏が振り返る。

「彼女は自動車の国内A級ライセンスを持つほどの運転好き。一緒にゴルフをする時は、彼女の運転で連れていってもらうこともありました。『男性からドライブに誘われても、自分で運転します、と言っちゃうんですよ』なんて話していました」

 シングルマザーとなってからは、男の助手席よりも独立独歩でハンドルを握ることを選んだ有賀さん。亡くなる前、看護師に遺したのは「娘のことが心配です。よろしくお願いします」という言葉だったという。合掌。

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