玉木正之のスポーツ内憂内患「政治利用が必然の五輪を何につないでいくか」 (2/2ページ)
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金永南
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週刊アサヒ芸能 2018年 3/1号
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玉木正之
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平昌五輪
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金正恩
それは平和運動の推進という五輪精神(オリンピズム)からは当然のこととも言え、開会式の入場行進における南北統一旗の使用も超法規的に認めることとなった(IOCは各NOCが届け出た旗以外の使用を禁止。NOCの存在しない組織の「南北統一旗」は超法規的承認で、過去の例としては東西分裂時代のドイツの統一旗やオーストラリア原住民のアボリジニの国旗がある)。
そのようなIOCの平和推進志向から生まれた東西ドイツ統一チーム(56年メルボルンから64年東京大会まで夏冬6大会)は、やがて本当の東西ドイツの統一につながった。またパレスチナ国は、アメリカ、日本、西欧諸国など、国連加盟193カ国のうち57カ国が国家として未承認だが、96年のアトランタ五輪以来、各夏季大会にパレスチナ旗で参加。世界中の人がパレスチナ国の存在を認識するようになった。
南北朝鮮の真の統一となると相当にハードルは高そうだ。が、64年の東京五輪が幕を閉じた翌年、監督として最高のスポーツ映画とも言える映画「東京オリンピック」を完成させた市川崑氏は、その作品の最後を次のような言葉で締めた。
《人類は4年ごとに夢を見る。この創られた平和を夢で終わらせていいのであろうか》
かつての東西ドイツ合同チームも「絵空事」と言われていた。平昌大会が閉幕したあと、南北の朝鮮半島情勢と米朝関係は、何事もなかったように「敵対関係」に戻るだけなのだろうか?
玉木正之