玉木正之のスポーツ内憂内患「『応援団』のある競技、ない競技の違いとは」 (2/2ページ)
また村は町の力自慢や剣の使い手も、「飛び入り」(や道場破り)で相撲や柔術(柔道)や剣術の手合わせを求めることができた。
そのような長い歴史の後に近代になってスポーツとしての組織やルールを整えた競技では、その競技を「見る人」たちが「やる人」たちよりも実力で劣っている(「飛び入り」しても負ける)ことを暗黙のうちに自覚していることになる。
だから温和しくスポーツを見、個別に応援することができるのだが、近代以降になって輸入されたり創作されたスポーツには「飛び入りの自由」の歴史がなく、最初からスポーツを「やる人」と「見る人」が分離している。そこで「見るだけの人」の欲求不満が募り、「見る(応援する)専門家」としての応援団を組織するようになった、というわけだ。
最近は大相撲でも力士の四股名が書かれたボードを持ち、声を揃えて応援する「応援団」を見受けるようになった。が、その多くが女性(相撲女子)であることは、「飛び入り」のできない競技が応援団を生むことの証拠とも言えそうだ。
北朝鮮の「美女応援団」も、どう見ても「飛び入り」するような人たちには見えない。おまけに目の前のスポーツ選手に声援を送っているようにも見えない。彼女たちが声を揃えて応援しているのは、「首領様」であり「将軍様」であり「金正恩同志様」だけなのだろう。
玉木正之