天才テリー伊藤対談「橋幸夫」(1)プロの歌手になるのは本当に嫌で… (2/2ページ)

アサ芸プラス

だって遠藤実さんといえば、音楽業界の大先生じゃないですか。教室の生徒さんも、たくさんいたんでしょう?

 ええ、50~60人くらいいましたね。皆さん、プロを目指して実に熱心だし、先輩にはこまどり姉妹もいるし。

テリー そんなところへ、全然その気のない橋少年が入っていったわけですか。

 もう、家族ぐるみで応援されちゃってね。学校の門を出ると、バイクに乗った兄貴が待っていて「送ってやる」と言われちゃって、逃げたくても逃げられなかったんですよ(苦笑)。

テリー それでもデビューしちゃうんだから、よっぽど光るものがあったんでしょうね。

 いやァ、高2の時に先生から「そろそろプロにするから」って言われただけですよ。そんなこと言われても、毎日「嫌だ」と思っていましたしね。

テリー 何を言ってるんです。3年でプロデビューなんて、トントン拍子じゃないですか。

 だけど、最初に先生に連れられて行った日本コロムビアでは断られたんですよ。ディレクターの前で村田(英雄)先輩の「蟹工船」と「人生劇場」を歌ったんですが「ちょっと(声が)若すぎますね」って。

テリー ああ、村田さんの歌だから、よけいにそう感じたのかも‥‥。

 次に先生が紹介してくれたのがビクターでした。当時のビクターの所属はフランク永井さん、松尾和子さん、マヒナスターズとみんな都会的な方ばかりで、演歌系はいなかった。だから逆に、「すごく目立つから、おもしろい」と。

テリー デビュー曲の「潮来笠」はすぐ決まったんですか?

 デビューにあたって4つの候補曲があって、先生から「好きなのを選びなさい」と言われたんです。僕は「あれが岬の灯だ」という曲が気に入っていたんですが、結局、他のスタッフ全員が選んだ「潮来笠」になったんです。

テリー でも、結果としてそれが大ヒット。

 そうなんですよ。それからあれよあれよという間に、デビュー5カ月で紅白歌合戦に出演、8カ月後には浅草国際劇場でワンマンショーが開催されることになってね。全回とも超満員で1日3回公演、1週間で11万人入ったそうです。

テリー ハハハ、もう桁がすごすぎますね。

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