“名選手”S・S・マシンが引退表明!「お前○○だろ?」「しょっぱい試合ですみません」 (2/2ページ)

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 マシンは正規軍入りが濃厚と思われたが、藤波を助けた際「お前○○だろ?」とマイクで正体をストレートに言われる事件が勃発。これも金曜夜8時に全国に生中継されたため、学校や会社でしばらく「お前○○だろ?」というフレーズが流行した。その後、マシンは「スーパー・ストロング・マシン」に改名する。

 1985年8月にはヒロ斎藤、高野俊二(当時)とともにカルガリー・ハリケーンズを結成し、新日本を離脱。長州が設立したジャパン・プロレスに合流し、長州と抗争しながら全日本プロレスに参戦し、ジャンボ鶴田や天龍源一郎とも試合している。1987年に、長州とともに新日本に復帰。しばらくは長州のサポート役を務めていたが、“ヤングライオン時代”に同期だった前田日明との再会で闘志に火がついたマシンは、前田と激闘を繰り広げた。

 その後、同じく同期だったジョージ高野と烈風隊を結成。IWGPタッグ王座を戴冠するなど、正規軍の中堅のポジションを築いていたが、王座陥落後はジョージの移籍などもあり、盟友ヒロ斎藤に誘われる形で、ブロンド・アウトローズ入り。ユニット名をレイジング・スタッフに改名し、リーダーとして反体制の立ち位置に徹していた。途中、WARへのレンタル移籍(ザ・グレート・カブキとの一時的なトレード)など、新日本に籍を置きながらも他団体にも参戦。魔界1号、スーパー・ブラック・マシン、スーパー・ラブマシンなどマスクやリングネームも柔軟に変えて活動した。1994年には蝶野正洋と仲間割れした試合でプロレス史に残る名言「しょっぱい試合ですみません」を残した。2009年からは永田裕志率いる青義軍の参謀役として青いマスクを被り活躍した。

 「今のコンディションではリングで闘うことはできず、今回はセレモニーという形で引退というケジメをつけさせて頂くことになりました」とマシンはコメントした。「現役生活の中ではさまざまなことがありましたが、悔いのないプロレス人生を送れたと思います。ファンのみなさんの応援があったからこそ、これだけ長く現役生活が送れたと思います。みなさん、長い間、本当にありがとうございました! ギギギッガガガッ」とファンに感謝している。

 引退に際し「マシン語」でコメントを寄せたマシン。新日本への在籍期間は、ヤングライオンの時代から新日本ひと筋の獣神サンダーライガーの方が長いが、現役最古参となるとマシンが一番のキャリアを誇る。

 何でもできる器用な選手だったがゆえ、シングル王座に縁がなかったのは残念だが、急きょ開催が決定した引退記念興行(6.19後楽園)には、藤波辰爾、長州力、天龍源一郎、アニマル浜口、前田日明、ジョージ高野、後藤達俊、保永昇男、そして好敵手だった蝶野正洋、越中詩郎らマシンとゆかりのある選手たちに駆けつけてもらい、盛大に送り出してあげてほしい。そしてマシンにはこれからも新日本のヤングライオン達を育て、私たちに素晴らしい選手を見せてほしいと思う。

文 / どら増田
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