天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 橋本龍太郎・久美子夫人(中) (2/2ページ)

週刊実話

もっとも、選対本部は冷静で、確かに若い女性はよく集まったが、子細に分析すると選挙権のない未成年の女のコが多く『大丈夫かいな』と、いつも危機感を引きずっていた」

 かくのごとくモテモテの橋本だったが、後年の橋本には情報部員とも見られていた中国人女性、料理屋の女将、ホステスなどとの交際があまた伝えられるなどの“艶福家”ぶりも知られていた。これにはウラがあり、前述したように、橋本は東京暮らし、妻の久美子は選挙区の岡山暮らしという「別居生活」が、代議士2期目から政界引退となるまで約40年間も続いていたことが大きかった。
 要するに、カミサンが居ぬ間のもっけの幸い、一人ノビノビの橋本の“女遊び”ということだったようだ。モテる男だっただけに、女性もまた放っておかなかったのである。そうした“夫と女性”について、久美子は内心はともかく、あっけらかんと次のように語っていたものだった。
 「結婚するときは、この人はモテるだろうなとは思っていましたが、まあモテない人よりモテる人のほうがいいかなとも思ってもいました。主人はじつに女性には優しいし、まあ仕方がないかと。クリントン米大統領のヒラリー夫人に会ったとき、『お互いよく誤解されるわけね』と笑い合ったものです。私たちはお互いを信じ合っているというのか、私は割りに聞き流しちゃうタイプだから」(『週刊朝日』平成10年8月21日・28日合併号=要約=)
 ここでのクリントンについては、ホワイトハウス内で若き臨時職員女性と“性的関係”を持ったとのハナシを指している。

 そんな久美子に対し、橋本が政界引退後、自民党のベテラン議員からは次のような評があったものだった。
 「政治家夫人として不向きとされるのは、夫の仕事、同僚議員のこと、ホントかウソか分からないような女性の話に、あれこれ口バシを入れる女性だ。久美子夫人はあらゆる雑音を聞き流し、それがまったくなかった。うるさいマスコミとも上手に付き合い、選挙区もキッチリ守る理想的な政治家夫人の筆頭と言っていいだろう。“橋龍”が首相の座まで駆け上がれたのも、半分以上は久美子夫人あってのことだった」

 橋本の異名は、「風切り龍太郎」であった。田中角栄がタイコ判を押したほどのキレ者、怖い者なしで突き進んでいったことから来ている。当然、風当たりも強かったが、これも文字通り柳に風、受け流す度量の持ち主の妻・久美子だったのである。=敬称略=
(次号につづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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