天才テリー伊藤対談「川中美幸」(2)子供の頃から天才歌手だったんだ! (2/2ページ)

アサ芸プラス

もともと歌はうまかったんですか?

川中 家族や親戚の前ではホウキをスタンドマイク代わりにしてよく歌っていまして(笑)、そこでは「うまい」とホメてもらっていましたけどね。で、その時の優勝賞品が勉強机だったんですよ。

テリー わー、すごいじゃないですか。当時、けっこうなお値段したでしょう。

川中 当時、兄しか勉強机を持っていなくて、それも両親がすごく苦労して買ったものだったんです。それがたった3分で手に入ったものですから両親が味をしめまして、のど自慢大会があると聞いたら、もう片っ端から「出ろ」と(笑)。

テリー アハハハハ、のど自慢の景品で生活を豊かにしていこう、と。

川中 当時の関西の放送局は、各局でのど自慢の番組があったんです。で、応募して会場に行くと、ほとんど優勝候補扱いなんです。そのせいで「のど自慢荒らし」って言われたりして。別にこちらは、荒らしてるつもりはないんですが‥‥(苦笑)。

テリー まさに「天才ちびっ子歌手」だったんだ。

川中 中学2年の頃、作詞家のもず唱平先生が「キミは大阪でくすぶっている子じゃない。東京に出て全国区になれ」とスカウトしてくださって、歌手デビューしたのが17歳の時です。

テリー その時はまだ「川中美幸」じゃなかったんですよね?

川中 はい、最初は「春日はるみ」という名前です。でも一度挫折して、21歳の時に「川中美幸」で再デビューするんです。

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