宮中で再会し再燃?清少納言と元夫の不思議な仲。離婚しても「兄」「妹」と呼び合っていた (2/3ページ)

Japaaan

清少納言 枕草子絵巻(鎌倉時代)/Wikipedia

離婚後の清少納言と則光は、宮中でお互いを「兄(せうと)」「妹(いもうと)」と呼び合い、「きょうだい分」のような間柄だったといいます。それは本人たちが呼びあっていただけでなく、彼らの同僚たち、更には一条天皇や皇后定子までもが知っていることだったというから驚きです。

そしてなんと!清少納言と則光の仲は、宮中で再会してから再燃したのでは?とも言われているのです。
それは『枕草子』第80段の

「かう語らひ、かたみのうしろ見などする」
(こうして親しく付き合い、お互い助け合っていた)

という記述によるもの。

この時代の「語らふ」とは、男女の深い仲のことでもあったため、そのように考えられたのです。

2人の関係の終わり

そんなふうに良好な関係が続いていた清少納言と則光でしたが、 皇后定子の兄・伊周の逮捕、定子の出家と中宮職への復帰などの一連の政治的な動乱の中で、最終的には決裂を迎えることとなりました。

『枕草子』第80段によれば、少し2人が疎遠になっていたある日、則光からこんな手紙が届いたとのこと。

「便なきことなど侍りとも、なほちぎりきこえし方は忘れ給はで、よそにてはさぞ見給へとなむ思ふ」
(不都合なことなどがありましても、やはり昔の仲は忘れないでください。よそでは今まで通り、あれは元夫で兄貴分の則光だと見ていてください)

つまり、表向きは今まで通り仲の良いきょうだい分のような付き合いをして欲しいが、内々の関係は解消しようということ。

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