これが本当の粋というもの。謙虚すぎる5代目市川團十郎の生き方 後編

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これが本当の粋というもの。謙虚すぎる5代目市川團十郎の生き方 後編

前編に引き続き、5代目市川團十郎(俳名・白猿)の生き方にクローズアップします。

前編の内容はこちら。

東洲斎写楽も浮世絵に描いた、謙虚すぎる歌舞伎役者・5代目 市川團十郎の生き方 前編

写楽「5代目市川團十郎『恋女房染分手綱』の竹村定之進」Wikipediaより

白猿が質朴

戯作者山東京伝・京山兄弟とも交流があり、京山の随筆「蜘蛛の糸巻」に「白猿が質朴」の題でその記録が残っています。白猿が鏡山旧錦絵の岩藤役で大当たりした時、京山らを桟敷席に招きました。幕間に2人が楽屋にお礼を述べに行くと、白猿は次の幕のために女形の準備をしながら「昨日も顔におしろいをつけさせながら、涙をおとした」と言うのです。

理由を訊くと、「お素人様ならば、とっくに倅に家督を譲り、隠居をもすべき歳です。それなのに役者の家なんかに生まれたがために、歳にも恥じず女の真似をしているのはいかなる因果でしょう」としきりに落涙したというのです。「役者としてそこに気が付いてしまっては芸に艶もなくなる。私はもう永くは舞台がつとまらないでしょう」と白猿は語り、その言葉通り2、3年後に向島の反古庵(ほごあん)に隠居します。

寛政8年に引退する際に出された絵。豊国「一世一代口上」Wikipediaより

質素すぎた隠居先

その隠居先の反古庵がまたひどいもので、間取りは六畳にちょっとした流し台が付いているだけでした。見上げれば天井板がなく茅葺き屋根がむき出しという粗末さ。風が吹くたびに屋根からチリが落ちてくるので、天井に竹の棒を渡してそこに屏風を乗せてチリを防いだとか。

「この屏風について狂歌を詠んだのですが、先生どうでしょう」と言って京山に聞かせたのがこちら。

「天井をはれば鼠はさわぐなり 水もたまらず月も宿らず」

天井板を張れば鼠が騒ぐだけだ。水もたまらないし水面に月が映ることもない、それでいい。「足るを知る」とはまさにこの事でしょう。京山はこの歌を聞いて「役者には惜しき人物なり」、つまり狂歌師としても素晴らしい腕前だと評価しています。

恥ずかしげもなく質素な暮らしぶりを友人に見せてしまうばかりか、その様を洒落っ気に変換して狂歌に詠んで楽しむ心。ちっぽけなプライドを超えた場所にある真の豊かさとはこの事だと思い知らされるエピソードです。

仏壇に紙

白猿にはまだまだ面白いエピソードがあります。反古庵の仏壇には仏像などがなく、白い紙だけがペラリと貼ってありました。京山らが「あれはなんですか」と訊くと、白猿答えていわく「あれは西の内紙です」・・・極楽浄土は人間界の「西」の方角にあるとされているので、「西の内紙」という種類の紙を貼って極楽浄土がわりに拝んでいるというのです。京山は「そのジョークがあまりにパンチがきいて面白かったのでいまだに忘れられない」と随筆に書き残しています。

白猿は慎ましやかな日々をたっぷりの洒落と豊かな発想で粋に彩り、人々の記憶に残る名役者となったのです。

参考文献 伊原敏郎「近世日本演劇史」早稲田大学出版部 国立国会図書館蔵 山東京山 『日本随筆大成』第二期第七巻『蜘蛛の糸巻』日本随筆大成編輯部

トップ画像:写楽「5代目市川團十郎『恋女房染分手綱』の竹村定之進」Wikipediaより、豊国「似顔大全 四代目団十郎・五代目団十郎・六代目団十郎」より部分

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