数奇なめぐりあわせ…藤原行成は藤原道長と同じ日に亡くなった?最期まで影の男だった行成の人生 (2/2ページ)

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世間も時の権力者である道長が危篤ということで大わらわ。しかも、「小右記」によれば道長が亡くなったのが早朝、行成が亡くなったのが同日の夜。行成が息を引き取ったころは、世間は「天下の道長が亡くなった」ニュースでにぎわっており、誰も行成の死を気にかけなかったんだそう。

せめて先に亡くなっていれば、もう少し世間に注目されたかもしれませんね。

そもそも二人は違った運命を歩んでいたかも?

行成の父・藤原義孝(小倉百人一首より)

摂関家の藤原北家の長である道長と比べると劣るものの、一応行成も正二位、権大納言まで出世した人物です。政治家としての才能がないわけではないことはもう説明しましたよね。

そもそも、道長と行成は親戚同士。狭い平安貴族の世界で親戚云々、というのはちょっとよくないかもしれませんが、そうだとしてもこの二人はかなり近しい親戚です。

同じ藤原北家に生まれ、行成の祖父・伊尹と道長の父・兼家は兄弟。藤原北家九条流の藤原師輔の嫡男であった伊尹は出世街道まっしぐら。摂政関白まで一気に上り詰めました。このままいけば息子・義孝から行成へと政治のトップの座は引き継がれていったはずだったのです。

それが、父・義孝の早すぎる死(21歳)、続いて祖父・伊尹も薨去。一瞬にして行成出世の道は絶たれたのです。

道長と行成が同日に亡くなったエピソードは、この出自からの因縁すら感じさせますね。もし父が長生きしていれば……。

それが叶わず、結局行成は最後まで道長の影の存在だったというわけです。

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