平安時代の僧、空海と最澄が、お気に入りの弟子をめぐって三角関係に? (2/2ページ)

Japaaan

書物から得られる知識だけで真言密教を理解しようとした最澄に、空海は「密教は体験を通して理解するもの」と手紙に書いて送ったとか。

最澄は空海に弟子入りしたとはいえ、身軽にホイホイ会いに行って修行できる立場ではありません。高僧ですから。こういうちょっとしたズレから二人の関係は悪化していくのですが、それを決定的なものにしたのが弟子である泰範の存在でした。最澄は空海に弟子入りするにあたって、自分の弟子たちを複数空海のもとへ送っているのです。身軽ではない自分の代わりに学んで来いということでやった弟子でした。

その弟子のなかには、最澄が後継者と目していた泰範もいました。

泰範は帰ってこいという最澄の声を無視

真言密教を学ぶために送り込んだ泰範ですが、最澄にとっては自分の後継者としてかわいがり育ててきた愛弟子です。

ほかの弟子たちは空海のいる高野山からすぐに帰っているのですが、なぜか泰範だけは再三帰るよう促しても比叡山に戻らない。

とうとう、空海の代筆によって「天台宗より真言密教のほうが優れてるから」という内容の手紙が届けられます。こうして結局泰範はそのまま戻らず、最終的には空海の十大弟子のひとりに数えられるほどになりました。

こうして、最澄の愛弟子・泰範が空海に夢中になってかつての師を捨てた、と後世に伝わり、男色関係にあった弟子を空海にとられた「三角関係説」が誕生したと考えられます。

実際彼らが男色関係にあったかどうかは定かではありませんが、最澄の愛弟子も虜にするほど空海という人間に魅力があった、ということではないでしょうか。

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