原爆投下から73年、埋もれた「金輪島の記憶」 (2/2ページ)
田辺芳郎さんは金輪島で亡くした父の遺骨を探していますが、記録も残されておらず地図からも消されたこの島での捜索は困難をきわめているといいます。田辺さんの父・次郎さんは爆心地から約1kmの自宅で被爆し、収容所の立て札から金輪島に運ばれたことが分かったそうです。島で亡くなった人のうち、身元が明らかなのは数十人ほどだといいます。
田辺さんをはじめ、遺族たちによって建てられた慰霊碑。金輪島で、原爆によって亡くなった人がいることを示す、唯一のものです。毎年10月、真夏の暑さが過ぎ去った後、慰霊祭が開かれます。
「原爆を使ってはいけないという実態を、知ってもらうことが大事だと思うんですね」
「金輪島を忘れていく、慰霊碑を忘れていく、そういうことがないようにしないと」(田辺さん)
金輪島には、長らく慰霊碑がありませんでしたが、今から20年前に遺族によって建てられました。
遺族の方の高齢化も進む中、記憶に埋もれてしまうことのないよう、生きている私たちがこの記憶を語り継がねばならないと感じました。(ライター・石田こよみ)