山田花子ほか『24時間テレビ』涙のチャリティマラソン伝説その1 (2/3ページ)

日刊大衆

 第17回(94年)のランナーはダチョウ倶楽部で、肥後克広、寺門ジモン、上島竜兵が100キロを走ったのだが、その17年後、ビートたけしがスポーツ紙のインタビューで「昔ランナーをやったダチョウ倶楽部だって、“走ってなかった”って言ってたぜ」と、マラソン途中での車移動を暴露。「まあ、ダチョウのネタかもしれないけどな」と、冗談交じりで語っていたが、この年の第34回では、当時70歳だったフリーアナウンサーの徳光和夫がランナーに決まっていたため、高齢であることを心配した流れでの発言だった。

 第19回(96年)では、「つなげよう! 愛のタスキリレー 日本列島縦断3600キロ」と題し、一般参加者600人によるたすきリレーマラソンが行われ、元プロボクサーで俳優の赤井英和がアンカーとして100キロを走った。一般参加者の北ルートと南ルートが合流した地点でたすきを受け取る予定だったが、片方のルートが遅れた影響で赤井のスタートも遅れてしまい、ゴールも放映時間内に間に合わず。そのため急遽、放送時間を15分延長している。

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