日露戦争で送還されず亡くなったロシア兵捕虜に対して行われた葬儀の形式 (2/2ページ)

心に残る家族葬

その隣にある、白い玉砂利の上に小さな墓石が整然と並ぶ一角が、彼ら89人が眠るロシア兵墓地だ。墓石自体は100年以上も経っているため劣化が見られるが、墓石の前にはロシア兵の氏名、死亡日、宗教が記されたプレートがあり、一輪挿しには綺麗な花が生けられていた。質素な共同墓地ではあるが、とても大切に維持管理されている事が伝わって来る。

この土地は、当時の市民から提供されたもので、現在でも「泉大津ロシア兵墓地慰霊祭」が行われ、大阪ハリストス正教会の司祭により、祈祷が捧げられている。

■国と国を超える人と人との繋がり

以前、大阪ハリストス正教会を訪れて司祭にお話を伺った時「日本で亡くなったロシアの捕虜達は、自分の宗教のお葬式を挙げられたのですか」と尋ねてみた。司祭は「もちろんです」と仰っていた。
日露戦争当時の日本人の捕虜達への接し方は、条約を守るためだけのものではなかったように思う。人と人との繋がりがあったからこそ、彼らの死をも尊重したのではないか。そして、この小さな共同墓地が今も守られていることが、その友好が生き続けている証なのだと思う。

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