大奥のダークサイド…歌舞伎役者との密通を疑われ流罪となった江戸城大奥の女中「江島」

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大奥のダークサイド…歌舞伎役者との密通を疑われ流罪となった江戸城大奥の女中「江島」

大奥というと、女ばかりの世界。側室やキャリア組として華やかに暮らす女性がいる一方で、地味に暮らす女性もいたのです。

江島・生島事件で高遠(長野県)に流罪になった江島もそうでした。7代将軍・家継のとき、月光院に仕えていた大奥女中の江島が、山村座の役者・生島新五郎と密通したといわれる事件です。

間部詮房や新井白石に対して反感がある人の存在が、この事件に大きく関わっていたといわれています。江島が大奥に生島を連れ込んだという噂も広められたようですが、実際のところは大奥の出入りは厳重に管理されていたので、連れ込むことは不可能だったとか。江島は高遠に流罪、生島も三宅島(東京)に流罪、山村座はなくなりました。

さて、正徳4年(1714)に高遠に流されてからの江島はどうなったのでしょうか。高遠城下の囲み屋敷から出ることができず、朝晩二食のほか、お茶だけ。話し相手は、下女だけ。たばこやお菓子も禁止されていました。

江島が暮らす部屋は、南側にある8畳間ひと部屋です。一応縁側と風呂場とトイレはついているものの、格子戸がはめられているし、牢獄といってもいいくらい。大奥での暮らしと、全く違う暮らしを強いられ、さぞかし苦痛だったことでしょう。彼女はここで、61歳で生涯を終えています。

将軍の死去後、側室も地味な暮らしを強いられることになります。桜田御用屋敷に移って余生を過ごさないといけません。将軍が亡くなったからといって、実家に戻ってはいけないのだそう。といっても、桜田御用屋敷からほとんど出ることはできず、外部との接触はほぼなし。これは、かなりつらかったのではないでしょうか。

外出できるのは、御台所へのご機嫌伺いや、芝増上寺や上野寛永寺への参詣くらい。中には、植木職人にひとめぼれして深い仲になってしまったものもいるとか…。

大奥で働けるようになったからといって、全員が一生華やかな暮らしができるとは限らないのですね。とはいえ、一般的な結婚という道を選ばなかった女性にしてみたら、やっぱり大奥は魅力的な仕事先だったはず。

八代将軍・吉宗が将軍になったときに、大奥の美女50人を「嫁に行きなさい」とクビにして「醜女は貰い手がないから困るであろう、今後も大奥で働くように」と言ったエピソードがあります。

恋愛や結婚から遠ざかった分、大奥では一生安泰を願った女性が多かったことでしょう。

参考文献:江戸諸国萬案内

江島・生島事件

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