織田信長は本当に短気で冷徹だったのか? (2/2ページ)
『ルイス・フロイスが見た 異聞・織田信長』では、フロイスの『日本史』について、外国人の視点から見た第三者的な視点が秀逸であると評している。
もちろん、偏見や誤解も多分にあるだろう。しかし、彼は日本人の生活や文化の理解に努めており、権力者の動向だけではなく、文化や生活の細部にも言及されている部分は見逃すことができない。
では、フロイスは信長をどのような人物と捉えていたのだろうか。本の中から少しだけピックアップしよう。
まずは外見と思考から。中くらいの背丈で華奢。髭は少なく、声は快調。極度に戦を好み、軍事的修練にいそしみ、名誉心に富み、正義において厳格だとフロイスは評する。また、信長といえば「短気」だが、これはどうか。「貪欲ではなく、戦闘にきわめて老練で、非常に性急であり、激昂はするが」に続いて、「平素はそうでもなかった」とある。短気ではあるが、「常に怒っている」というイメージとは少し異なる。
また、「ごく卑賤の家来とも親しく話をした」というのは、出自関係なく人に接する信長の人柄をうかがわせるところ。一方、「異常なほどの畏怖によって家臣から奉仕され、外部の者たちから崇められている」という部分はまさにイメージ通りともいえるだろう。
歴史家の磯田道史氏は、『日本史』を通して書かれた信長について、現代の「ベンチャー企業の社長」の特徴と似ている点に触れている。信長は自分で何でもする人であり、せっかちで、人に任せられない。確かに、ベンチャー企業に勤務している人なら頷ける部分かもしれない。磯田氏は、古今東西の偉人で何かを成し遂げた人に多いタイプだと指摘したうえで、「循環器系の病気で倒れる可能性も高い」と語る。
革命児である織田信長は、常に時代が求めるヒーローの像を提示してきた。しかし、その素顔は、私たちが抱いているステレオタイプの信長像と遠いかもしれないし、近いかもしれない。それは信頼性の高い史料を複数読み込んでこそ、分かることである。
『信長公記』も『日本史』も書いた人間の解釈と意図が加わっている。それを踏まえて読むことで、本当の信長像を捉えることができるのだろう。
『ルイス・フロイスが見た 異聞・織田信長』では、信長のほかに、秀吉や明智光秀などといった有名武将たちのフロイス評を知ることができる。意外な評価がなされている人物もいるので、気になる人はのぞいてみてほしい。
(新刊JP編集部)