天才テリー伊藤対談「上柳昌彦」(1)原稿を書きすぎて4分の1は没に… (2/2ページ)

アサ芸プラス

その時に、フライデー襲撃事件で(ビート)たけしさんが逮捕されてしまって、一度だけ僕がピンチヒッターをした時の話をしたんですね。

テリー たしか襲撃は月曜だったから、3日後だ。

上柳 はい。僕がその前に放送される番組を担当していたからなのか、いきなり「やれ」と指示が来て。まあ高田文夫先生もスタジオにいらっしゃるから、「なんとかなるだろう」とスタジオに飛び込んで座ったら、高田先生が「うえちゃん、悪い。俺がここでよけいなこと言うと東スポに書かれちゃうから、今日は外で聞いてる」って、本番直前に出て行っちゃったんですよ。

テリー えぇっ!?

上柳 ディレクターからは「先生が“終わったら寿司ごちそうしてやる”って言ってるから、頑張れ」「ただし、たけしさんの肩を持つような放送をしちゃダメだ」と言われました。その当時、容疑者は呼び捨てで扱う時代だったんですが、「僕は“北野武”と呼び捨てにはできないので、この2時間だけ“たけしさん”と言わせていただきます」と前置きして番組を始めて‥‥というようなことを、その特番で話したんです。

テリー うんうん。

上柳 その番組を高田先生がご覧になられていて、ご自分のラジオで「あいつ、よく覚えてるな。ああいう話は本に残しておくべきだ」とおっしゃってくださったんです。そのタイミングで、出版社の方から「本を出しませんか」とお声をかけていただきまして。

テリー すごい、流れるように話が進んだんだね。

上柳 しかも、ガンで入院して時間もあったものですから、その間に思い出のあれこれをスマホに書き込んだりして、準備もできたんです。

テリー 書くのは、どのぐらいかかったの。

上柳 3~4カ月ですね。途中からもう楽しくなっちゃってすっかりページを超過しちゃって、4分の1は没になってしまいました。実はテリーさんのこともいっぱい書かせていただいていて(笑)。

テリー そうなんだよ、マズいよな。うえちゃんは俺より俺のこと、知ってるからね(苦笑)。

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