タンメンの哲学:杉作J太狼XE「美しさ勉強講座」連載84 (2/4ページ)
10年ぐらい通ったのでおじさんもおばさんも道ですれ違えばあいさつするようにはなっていた。おばさんはそのあとも見かけたのでもしかするとおじさんになにかがあったのかもしれない。
そのうち、店の建物が取り壊されて新しい家が建った。おばさんの姿も見かけなくなった。
おいしいタンメンを食べすぎたのであろうか。それからも俺はたまにタンメンを食べている。いろんな店で食べるが、なんていうのか、冴えないんだね。
あんなにおいしいタンメンと出会わなかったら。タンメンを食べるくせもついてないかもしれないが、
「人生も先が見えてきた……」
的な寂しさを感じることもなかった。
そう考えればうまい食べ物との出会いは必ずしも素晴らしいとは言えないのではないか。
天竺に向かって旅立った三蔵法師の一行が、もし旅を始めて三日目で天竺に着いたなら、それは幸せなのであろうか。
簡単なようで難しい、実はたいへん重要な話を記しているのだが。
おいしいタンメンもあればまあまあのタンメンもおいしくないタンメンもあるかもしれない。だがそれがどうしたというのか。おいしいタンメンを食べることはそんなに重要なのだろうか。毎日毎日タンメンばかりを食べるわけでもない。たまに食べるタンメンなら、
「これはまずい!」
びっくりするくらいまずくても別にそれがどうした。いまの世の中、おいしいタンメンを食べることにこだわりすぎてるんじゃないか。オフコース(もちろん)、このタンメンはたとえばの話であり、世の事象、そのほとんどすべてを指してるつもりである。