泳ぐ宝石「錦鯉」もともとは食用だった?なぜ「ニシキゴイ」と呼ばれるようになったの? (2/2ページ)

Japaaan

そして、そのような鯉を何代も交配していくうちに緋鯉が出現し、さらに浅黄、べっ甲などの色を持った個体が現れるようになったそうです。

その後も改良が加えられ、明治以降さまざまな模様の錦鯉が生産されるようになりました。

今日、ニシキゴイの生産は日本各地だけにとどまらず、世界中に広がり、さまざまな品種の名鯉が誕生しています。

「ニシキゴイ」という名前

上述したように、ニシキゴイ自体は約200年前に誕生しましたが、当時は「色鯉」「花鯉」「模様鯉」「変わり鯉」と呼ばれていました。

このように様々な名称で呼ばれていた鯉が「ニシキゴイ」と呼ばれるようになったのは、竹沢村(後の山古志村)で行われた品評会でのこと。

初めて色とりどりの鯉を見たときの新潟県庁水産主任官であった阿部 圭が、そのあまりの美しさに「これはまさしくニシキゴイだ!!」と感嘆したのがきっかけといわれています。

日本語で、「錦」とは、金を交ぜて織り込まれた絹織物を意味しますが、当時の阿部にとってニシキゴイは、まさに絹織物のように優雅な鯉に見えたのでしょう。

1940年頃には日本国内で「錦鯉」という名称が定まり、今日では世界中で「NISHIKIGOI」という名前で親しまれています。

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「泳ぐ宝石「錦鯉」もともとは食用だった?なぜ「ニシキゴイ」と呼ばれるようになったの?」のページです。デイリーニュースオンラインは、錦鯉雑学カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る