松田聖子、中森明菜、斉藤由貴…80年代正統派アイドルたち「早熟な美ボディ」

日刊大衆

松田聖子、中森明菜、斉藤由貴…80年代正統派アイドルたち「早熟な美ボディ」

 82年組も角川三姉妹もおニャン子も“大胆”だったって本当? 30年以上の時間を経て、徹底回顧!

「80年代の女性アイドルは、今と違ってソロが主流。歌唱力がないとデビューさせてもらえない時代でした。彼女たちが日本にアイドル文化を根づかせたことは間違いありません」

 アイドル評論家の堀越日出夫氏がこう断言するように、80年代はアイドルの黄金時代。本誌読者のお父サンにとっても“青春ど真ん中”だったのではないか。

 80年にデビューし、アイドルシーンのトップに躍り出た松田聖子に遅れること2年。82年5月に『スローモーション』でデビューしたのが中森明菜(53)だ。「ぶりっ子聖子にツッパリ明菜。2人はキャラも対照的でしたが、圧倒的な歌唱力で80年代アイドルのツートップとして君臨しました。特に明菜は85年に『ミ・アモーレ』、86年に『DESIRE』で女性ソロシンガーとして史上初の2年連続レコード大賞に輝いています」(音楽誌ライター)

 明菜を語るうえで欠かせないのが、マッチこと近藤真彦との熱愛だろう。2人は85年公開の映画『愛・旅立ち』にW主演。交際は順調と思われたが、89年に起きた明菜の自殺未遂事件で一気に暗転したのは、ご存じの通り。「デビュー当時は明るく、屈託ない性格の明菜でしたが、あの事件後は暗く、重たい女というイメージが定着してしまった。彼女に聖子のようなしたたかさがあれば、その後の歌手活動も違ったものになっていたはずです」(前出の堀越氏) 一途な明菜と恋多き聖子。対照的な2人だ。

■小泉今日子は離婚後、亀梨和也と浮き名や豊原功補と不倫愛

 82年は女性アイドルの当たり年で“花の82年組”といわれたが、同年3月に『私の16才』でデビューしたのが小泉今日子(52)。従来のアイドルの殻を破った斬新さは、85年の大ヒット曲『なんてったってアイドル』で見事に開花した。95年に結婚した永瀬正敏と04年に離婚。20歳も年下の亀梨和也と浮き名を流し、現在は妻子ある豊原功補との不倫愛を隠さず、公表。それでも叩かれないのは彼女の人徳か。「小泉会では飯島直子や米倉涼子ら錚々たる面々が妹分。根っからの姐御肌なんでしょう。さすが神奈川・厚木の元ヤンといわれるだけのことはあります」と芸能ライターの織田祐二氏も、“男前”なキョンキョンに感心しきり。

■薬丸裕英と結婚、芸能界を引退した石川秀美

 同じ82年組の石川秀美(52)は90年6月、23歳で薬丸裕英と結婚。芸能界を引退した。

「キュートな石川秀美が今では三男二女の母親になり、ハワイ在住というんだから隔世の感がありますね」と言うのは、アイドルウォッチャーでもあるタレントの掟ポルシェ氏。

 82年デビューの早見優(52)は翌年発売の『夏色のナンシー』がヒットし、紅白歌合戦に初出場した。「ハワイ育ちの健康的な小麦色の肌と、英語ペラペラのバイリンガルなところが新鮮でしたね」(堀越氏)

 96年に外資系銀行員の一般人男性と結婚し、二女の母となった彼女。「先日、イベントの仕事で早見さんとご一緒したんですが、いやぁ、美しいのなんの。奇跡のアラフィフとは彼女のことですよ」(前出の掟氏)

■河合奈保子は芸能人水泳大会で活躍

 80年6月に『大きな森の小さなお家』で歌手デビューした河合奈保子(55)も、80年代を代表するアイドルの一人だ。透明感のある歌声と音楽性の高さが再評価されている彼女だが、「正直、当時は歌よりも超ド級のバストに目が行ってましたね」(堀越氏)

 芸能人水泳大会で、彼女の水着をガン見していたお父サンも多いハズだ。

 歌手デビューは77年だが、80年代にマルチに活躍したのが香坂みゆき(55)。「94年にタレントの清水圭と再婚し、二男の母に。ほんわかした癒し系の魅力がありましたし、夜も優しそう」(芸能記者)

■中山美穂、南野陽子、浅香唯らは85年デビュー組

 中山美穂(48)、南野陽子(51)、浅香唯(48)らは85年のデビュー組。85年の連ドラ『毎度おさわがせします』でブレイクした中山は同年、『C』で歌手デビュー。「年齢のわりに大人っぽい美貌と、細身なのに大きな胸というアンバランスさが青い果実を思わせましたね」(掟氏)

 85年に『恥ずかしすぎて』で歌手デビューした南野は同年、連ドラ『スケバン刑事2少女鉄仮面伝説』のヒロインを演じて人気者に。「ナンノは気の強さも一流。公開放送の歌番組で自分に対する声援が小さかったことに腹を立て、親衛隊の男子たちに“もっと大きな声出しなさいよ!”と叱りつけたというエピソードが残っています」(堀越氏) 夜も男を叱りつけている可能性がある!?

 85年にデビュー。翌年、連ドラ『スケバン刑事3少女忍法帖伝奇』に主演した浅香は02年、バックバンドのドラマーと14年間に及ぶ交際を実らせて結婚。「交際14年ってことは、彼女が18歳からのつきあい。おそらく彼が初めての男なんでしょうね。浅香の幼な妻の香りが、たまりませんね」(織田氏)

 84年に『ミスマガジン』グランプリ、85年に『卒業』で歌手デビューしたのが斉藤由貴(52)。「実は、自分の部屋に初めて貼ったアイドルのポスターが斉藤由貴なんですよね(笑)。ぽってりした唇と、つぶらな瞳が“ザ・清純派”という感じだった。そんな彼女が尾崎豊川崎麻世と不倫に走り、結婚後、三児の母になり、50歳過ぎてから同年代の医師とW不倫して、相手に下着を被せるなんて想定外ですよ」(堀越氏)

■おニャン子クラブが誕生

 85年はフジテレビ『夕やけニャンニャン』から、おニャン子クラブが誕生した年でもある。おニャン子には国生さゆり(51)や渡辺美奈代(49)もいた。「気が強いことで知られる国生が95年、不倫が噂された長渕剛が薬物の取締法違反容疑で捕まった直後の会見で、取材陣に“愛人関係ということですね?”と聞かれて、思わず頷いてしまったシーンが印象的でした。ああ、この人は不器用でウソがつけない人なんだなぁ、と」(堀越氏)

 渡辺は、おニャン子卒業後に一糸まとわぬ姿と銘打った写真集を何冊も出しているが、「それなのにバストトップは絶対NGなのが美奈代流なんです」(掟氏)

■酒井法子は薬物で逮捕

 87年、『男のコになりたい』で歌手デビューした酒井法子(47)は90年代に女優としても大活躍した。

「そんな彼女が09年、夫とともに薬物の取締法違反で有罪判決を受けたのは衝撃的でした」(芸能記者)

 89年に5人組のアイドルグループCoCoとしてデビューしたのは三浦理恵子(45)。94年の解散後はキャットボイスと美脚で人気女優になった彼女だが、「あのフェロモンは天性のもの。昔、大学の後輩に彼女が通っていた日出女子学園高の近くにある男子校の生徒だった男がいたんですが、その高校では“オレは三浦理恵子と…”と自慢する生徒が100人以上いたそうです(笑)。一種の都市伝説ですが、彼女はそれぐらいモテたし、目立っていた」(掟氏)

■映画監督と不倫仲だった実力派女優・荻野目慶子

 80年代に若手の実力派女優として注目された荻野目慶子(54)は90年、不倫関係にあった映画監督の河合義隆が、彼女の自宅で首吊り自殺をするというスキャンダルに見舞われた。

「1年後には、彼女をヒロインにした映画『いつかギラギラする日』で監督を務めた深作欣二とも深い仲に。2人の不倫は深作監督が亡くなる03年まで続きました」(芸能記者)

 アイドルの事情を知ったうえで、当時の早熟映像を観てみたいところだ。

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