江戸時代以前の男色は決して「快楽のため」だけではない?恒例の儀式や同志の契りを交わす意味も大きかった (2/3ページ)
屈辱、魚を咥えさせて放り出す!江戸時代、女犯を犯した僧侶への本当にあった刑罰
戦国武将には男色の話がやたら多い
また、戦国時代の武将が男色好みだったという話はやたらと多いです。織田信長や前田利家、武田信玄、伊達政宗など有名な武将にも男色に関する逸話が残されています。
戦国時代の武将の男色の相手は小姓(将軍のそばに仕えた者)だったことが多く、小姓は武将に好かれるための手段として、出世のための手段として関係を受け入れていた可能性は大いにあるでしょう。無論、拒否することも難しかった身分ではあったでしょう。
男色秘戯画帖より
後の江戸時代に鍋島藩士・山本神右衛門常朝(やまもと じんえもん じょうちょう)が口述した武士の心得をまとめた武士道のバイブル「葉隠(はがくれ)」にも、男色(衆道として)の心得が記されているほどです。
同志の契りとしての男色また、戦国時代は戦が長引けば、武士たちはずっと男たちだけの共同生活を強いられます。単純に周囲に女性がいなかった為に男色に走る者もいれば、生死を共に生きていく中での団結力の手段として、男色の関係をもつ者もいました。
