かの偉人たちに学ぶ「歴史的健康術」(5)<幕末~明治の英傑>山県有朋「海水風呂」 (2/2ページ)
中には13歳の芸者もいたというし、彼が40度の高熱を出した時にも、両側に芸者2人をはべらせたという豪者でした」
その2人の芸者と3P乱交に及んだとされるから、驚きである。
“好色健康法”なら勝海舟も負けてはいない。76歳で亡くなるまで、パワーの源は女性だった。33歳の時、江戸に妻子を残して海軍伝習のため長崎へ赴任している。この間に愛人ができて子供も授かっているが、愛人はこればかりではない。住み込みのお手伝いとの間にも子供ができ、妻と一緒に生活をするという破天荒な私生活を送った。生涯に少なくとも5人の愛人に計9人の子供を産ませている。
さて、明治の偉人で健康について語るなら“元勲”山県有朋に尽きる。彼こそ元祖健康オタクだった。
「若い頃は大酒豪でしたが、青年期にリウマチを患い、日清戦争時、第1軍司令官で赴いた戦地では、胃腸を患って生死をさまよった。そんな病歴からか、江戸城奥典医だった松本順が『海水浴健康法』を唱えると大磯に別荘を建てて、風呂に海水を入れて入ったんです。塩水は皮膚を丈夫に鍛え、内臓の代謝もよくする。山県はタライに塩の湯を張って腰までつかり、さらに頭から毛布をかぶって汗をかき、十分に発汗したところで就寝するという独自の半身浴を考案、実践していたんです」(笹川氏)
他にもさまざまな健康ルールを課して毎日こなし、84歳まで生涯現役を貫いたのだ。