曲亭馬琴もびっくり!江戸時代に骨太ガッチリ男性が突然、子どもを出産した話

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曲亭馬琴もびっくり!江戸時代に骨太ガッチリ男性が突然、子どもを出産した話

日本で最初の職業的ベストセラー作家といわれている曲亭馬琴(たきざわばきん = 滝沢馬琴)。彼は、作品のネタを探すために江戸の町を出歩いていたそうです。

そんな馬琴のエッセイ『兎園小説余禄』には、ある大柄な男性が突然出産したという話が収録されています。

『兎園小説余話』を著した滝沢馬琴

文政年間(19世紀初め)の江戸麹町に、ある人気の蕎麦屋があったそうです。そこでは吉五郎という28歳前後の男が働いていました。彼は、背が高くて丸顔、骨太でガッチリとしており、背中の極彩色の彫り物が立派だったとか。出前係の吉五郎は、下は「股引」、上は「腰掛け」というエプロン状の下着一丁で元気に走り回っていました。

ところが、いつの頃からか「吉五郎は偽男子だ」という噂が広まり始めました。人前で、腰掛をはずし諸肌脱ぎになることを頑なまでに嫌がったともいいます。

あるとき、蕎麦屋の居室で苦しんでいる吉五郎を心配し、見に行った主人の目に飛び込んだのは、吉五郎が出産した姿だったそうです。

「男が子どもを産んだ」という噂が噂を呼び、野次馬が遠くから彼のことを身に集まって、蕎麦屋の商売に支障が出たのでしょう。吉五郎は蕎麦屋をクビになってしまいました。

しかし吉五郎の産んだ子どもは蕎麦屋の主人が引き取って、育てることになりました。吉五郎の相手は四谷に住む博打打ちの男だったとか。

その後の吉五郎は木挽町(現在の東銀座)のあたりで暮らしていたそうですが、麹町に置いてきたわが子に会いに行くことは生涯なかったと記されています。

その後吉五郎は、1832年9月、町奉行の命令で牢獄に入れられてしまったのですが、11月には出獄できたそうです。しかしその後の吉五郎にまつわる情報は一切残されていません。

馬琴は、「吉五郎は女性として結婚したが、あるやむを得ない事情で夫を殺し、江戸に逃げてきた」という噂についても言及しています。つまり、本当は吉五郎は最初から女性だったというわけですが、それはそれでつらい人生だったことでしょう。

ひょんなことで授かった子どもとの縁もなくなく切らなければならなかった吉五郎の気持ちを推し量ろうとするには、あまりにも残された情報が少なすぎるのです…。

曲亭馬琴(または 滝沢馬琴)

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