5年ぶり『紅白』北島三郎と石川さゆり「演歌の花道」秘話 (3/3ページ)
そんな頃、当時、中学3年生だったさゆりは『ちびっ子歌謡大会』(フジテレビ系)に出場し合格。ホリプロにスカウトされ、歌手への切符をつかんだ。そして、15歳だった73年に『かくれんぼ』という曲でデビューする。
「当時、ホリプロは、森昌子(60)、山口百恵(59)、そして、さゆりを3人娘として売り出そうとして、『としごろ』(73年)という映画で共演させています」(芸能誌記者)
ところが、すぐにさゆりのポジションは、他の2人と同じ『スター誕生!』(日本テレビ系)出身で事務所が違った桜田淳子(60)に取って代わられてしまうのだった。以後も人気は上がらず、昌子、百恵の活躍を悔しい思いで見ることになる。
「ただ、その頃のさゆりは、故・三橋美智也や二葉百合子(87)の門を叩き、芸域を広げている。この時代があったからこそ、今の彼女があるんです」(同)
風向きが変わったのは、77年。『津軽海峡・冬景色』が、その年を代表する大ヒット曲になるのだ。『日本レコード大賞』最優秀歌唱賞を受賞し、『紅白』に初出場。かつての中3トリオに、ようやく追いついたのだった。その後も、『能登半島』『沈丁花』などがヒットし、『紅白』の常連に。代表曲となる『天城越え』のリリースは86年のことだった。
現在発売中の『週刊大衆』12月24日号では続けて、今年の『紅白』で5年ぶりに顔を合わせる北島三郎と石川さゆりについて特集している。