千手観音と関係アリ!?東京都足立区の地名「千住」の由来とは?

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千手観音と関係アリ!?東京都足立区の地名「千住」の由来とは?

どうしてそんな名前になったの?東京都足立区の「千住」

筆者は30代ですが、本名が当時としては珍しい「キラキラネーム」でした。現代ではそれほど驚かれるような名前ではありませんが、それでも子供の頃は同級生などにからかわれたことがかなりありましたし、今でも初対面の方からは

「どうしてそんな名前になったの!?」

と驚かれることが多々あります。

さて、日本には人の名前だけでなく、「いったいなんでその名前がついたの?」と思う地名も存在します。筆者が仕事その他で度々足を運ぶ「北千住」のある、東京都足立区の「千住(せんじゅ)」という地名もその中の1つです。

荒川から引き上げられた千手観音が由来!?

東京都足立区には「千住曙町」「千住旭町」「千住柳町」のように、「千住○○町」という地名が目立ちます。また駅名も、JR東日本の常磐線や東京メトロ千代田線・日比谷線などが乗り入れる「北千住(きたせんじゅ)」の他に、「南千住(みなみせんじゅ)」「千住大橋(せんじゅおおはし)」などがあります。

ここまで揃っているのを見ると「『千住』の由来って何だろう?」と、ちょっと気になってしまいますよね。

意外にもその由来は、千手観音と関係があると言われているのです。

足立区千住2-11にある浄土宗のお寺・勝専寺には、足立区登録文化財に指定された木造の千手観音像が鎮座しています。この千手観音は1327(嘉暦2)年に、新井図書政次という人が荒川で網を打っていたときに引き上げられたものと言われています。

水底から引き上げられた千手観音像は、新井図書政次の息子の新井兵部政勝が開いた勝専寺に祀られました。やがて「千手観音」の「千手」「千住」へと変化し、そのまま地名になったというのです。

他の説もありますが、信憑性としては…?

「千手観音に護られた町」というと、とても縁起が良い印象を受けますね。しかし「千住」の地名の由来には、他の言い伝えもあります。

隅田川にかかる千住大橋/画像出典:写真素材 足成

その1つが、戦国時代頃に千葉氏という豪族が住んでいた地域であることから「『千』葉が『住』んだ=『千住』」となったというもの。また室町幕府の8代将軍・足利義政の愛妾だった「千寿」という女性の名前にちなんでつけられたという説もあります。

ただこの2つの説は、「千住」という地名が1279(弘安2)年頃には既に存在していたことを考えると、時期的に合いません。しかし近隣の小学校名には「千寿第五小学校」のように「千寿」の表記が見られることもあります。

いずれにせよ、東京都の最北端に位置し、都心部だけでなく神奈川や埼玉へのアクセスも良いという便利な立地の町には、千手観音のご利益が確かにあるのかもしれませんね。

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