上沼恵美子「無敗の女帝」ケンカ10番勝負をノーカット公開(1)リベンジ戦後に番組終了 (2/2ページ)
肝心の問題発言については『俺は絶対言うてない!』と主張するさんまに、最後まで『あなたは38歳の時、ひどいヤツだったよ』とどちらも引かない完全ドローでした」(放送作家)
しかも、31年半続いた長寿番組はその秋に終了したのである。
「一説では、さんまが番組終了を決意したのは、この直接対決の直後だったとも言われている」(芸能デスク)
これぞ女帝奥義の秒殺が火を噴いた瞬間だった!
かつて関西ローカルだった上沼が一躍、全国区で名をとどろかせたのは、94年のNHK紅白歌合戦の紅組司会だった。白組の司会を務めていたトーキングマシンの【2】古舘伊知郎(64)にも容赦ない火の手が上がる。
「テンポのよい絶妙の掛け合いの進行は今でもベスト紅白司会と言われるほど。翌年の紅白も再び2人が司会を務めましたが、3年目は古舘─松たか子に変更になった。原因は、古舘がおしゃべりすぎて相性が悪かったからだと言われています」(芸能デスク)
それでも全国区に名を売った上沼のもとには司会オファーが殺到。その後、2人の遺恨関係は続き、ピース又吉が芥川賞の受賞に関し、古舘が疑問を呈すると、「快傑えみちゃんねる」(関西テレビ)で猛口撃。
「よほど紅白での心象が悪かったのでしょう。この人は性悪とか、芸人を蔑んでいる、などと罵詈雑言を浴びせていた。もっとも、紅白司会に関しては、15年の『あさイチ』(NHK)で振り返り、大阪タレントが東京に招かれたことに、大物歌手から『あんたみたいなのが紅白の司会ってなんやの』とイジメを受けたと激白。『いまだに大嫌いです』と猛毒を吹きかけた」
実は名前こそ明かさなかったものの、この発言主が東の女帝・【3】和田アキ子(68)であることは明白だった。
「のちに、16年の紅白歌合戦に落選した和田について『どうして落ちたの? アッコさん、出てよ!』と強烈なしっぺ返しを食らわせていました」(芸能デスク)
二十数年越しのフットスタンプで西の女帝の完全勝利。