モンキー・パンチの名づけ親は…?『ルパン三世』誕生秘話も描く、ドキュメント漫画『ルーザーズ』

日刊大衆

(C)吉本浩二/双葉社
(C)吉本浩二/双葉社

『ルパン三世』(モンキー・パンチ)に『子連れ狼』(作・小池一夫/画・小島剛夕)、『じゃりン子チエ』(はるき悦巳)、『クレヨンしんちゃん』(臼井儀人)、『この世界の片隅に』(こうの史代)。

 いずれも大ヒットを飛ばし、アニメ化や映画化もされた漫画作品だが、この5作品には一つの共通点がある。それは、連載された雑誌が『漫画アクション』(双葉社)だということだ。

『漫画アクション』は、映画の公開に合わせ、『この世界の片隅に』の特集や再録が掲載されたとき、SNS上で「なんであんな下品な雑誌に『この世界~』が載っているんだ!」とも言われた青年漫画誌。先に挙げた作品名の振り幅からも分かるように、特定の色にもジャンルにも囚われず、個性の強い作品たちを長きにわたって世に送り出してきた。

『ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~』(吉本浩二/双葉社)は、そんな異色の雑誌の創刊秘話を追ったドキュメンタリー漫画だ。第1巻の物語のはじまりは、1965年から。1967年の創刊号から編集長になる清水文人と、そこで『ルパン三世』を連載するモンキー・パンチとの出会いが描かれるのだが、驚きの逸話が非常に多かった。

 モンキー・パンチという名前が、本人が決めたものではなかったこと。峰不二子というグラマラスな美女を描く漫画家が、デビュー当初は「女が全然描けてねぇ…」とダメ出しを喰らっていたこと。そしてモンキー・パンチが、アメリカの雑誌「MAD」から影響を受けていた……という話も興味深い。「MAD」は、小説家の筒井康隆や片岡義男、イラストレーターの山藤章二らも影響を公言している風刺雑誌だ。

『ルパン三世』の人物造形は、よくよく見れば日本の漫画では相当異色なもの。ディズニーの影響が色濃く、全体が丸っこい手塚治虫のキャラとは雰囲気が違うし、写実的で太く荒々しい劇画調のタッチとも異なる。『ルパン三世』のトレードマークである、ひょろりとした線で描かれる長身の登場人物たちは、海外の風刺漫画にルーツがあったわけだ。

 そんなモンキー・パンチの漫画は、当時から斬新なものだったが、斬新なものは簡単には理解をされない。その作品を漫画誌に掲載することは、リスクを伴う行為だった。掲載を思い悩む清水の葛藤は、『ルーザーズ』でも詳しく描かれているが、それでも作品が世に送り出されたのは、清水もモンキー・パンチも崖っぷちの状況にいたからだ。

 学生運動で挫折し、小説家の夢も諦めた清水。彼が『漫画アクション』の前に編集長を務めていた『漫画ストーリー』は、社内でも「変わりばえがしないし、このままでは部数が落ちそう」と言われていた。そしてモンキー・パンチの周囲では、一緒に漫画家の夢を追っていた仲間たちが揃って脱落。彼が昼間に働いていた会社も、いまにも潰れそうな状況だった。

『ルーザーズ』には、そんな“負け犬たち”の物語ならではの汗と熱気が漂っている。モンキー・パンチが木造アパートの一室で、弟の加藤輝彦と机を並べて漫画を描く姿は、『まんが道』(藤子不二雄A)の満賀道雄と才野茂の姿に重なって見えた。

 なお作者の吉本浩二は、『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』で知られるドキュメンタリー漫画の第一人者。この漫画の熱さは、昭和の漫画人たちに憧れ、尊敬し、同じように漫画を描こうとしている彼ならではのものだろう。

 藤子不二雄Aの『まんが道』も吉本の『ブラック・ジャック創作秘話』も、読んでいると「うおぉぉ!俺も仕事を頑張るぞ!!」という気持ちになる漫画だったが、『ルーザーズ』もその系譜に連なる作品と言っていい。吉本が昭和の漫画家や編集者から受け取った情熱が読者にも伝わり、創作へのやる気と勇気が湧いてくる漫画なのだ。

 そんな吉本が徹底的な取材を通して描く漫画だからこそ、“昭和的な懐かしさ”の描写も丁寧で細やかだ。「銭湯を改築した建物だった」という半世紀前の双葉社は、木製のテーブルや椅子、天井から吊るされた電球など、細部からも懐かしさと温もりが伝わってくる。雨の中ではサラリーマンたちが真っ黒なコウモリ傘を差しており、映画館では黒澤明の『赤ひげ』が350円で公開中と、背景の描写を見るだけでも面白い。

 ちなみに『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』では、「このマンガがすごい! 2012」オトコ編で1位を獲得した吉本だが、本作『ルーザーズ』は2019年のオトコ編でも7位にランクイン。12月28日には第2巻が発売予定だ。(ライター・古澤誠一郎)

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