なぜ多摩は「三億円事件」の舞台になったか 時代を味方にした「劇場型犯罪」 (2/2ページ)

「団地」が持つニュアンスも半世紀でずいぶん変わった
つまり、学生や若い労働者と家族が住まう若い街であり、かつ軍事基地というアンタッチャブルな存在とも切り離せない関係だったのが、60年代の多摩というわけだ。
加えて、1968年といえばヴェトナム反戦運動や学生運動、反公害運動がピークに達しようという時代。今では少子高齢化、都心回帰で空洞化が懸念される多摩だが、当時はかなり熱い街であった。
そんな熱い時代のさなかに発生したのが三億円事件だ。
ニセの白バイを仕立てて警察官に扮し、しかも刑務所の目と鼻の先という場所で犯行に及んだ。ただの強盗事件ではない大胆で小説のような手口に、世間が興味をそそられない訳がなかった。沢山の遺留品が公開され、犯人のモンタージュ写真までマスコミで報道されればなおさらだ。それでも8年後に事件は迷宮入りした。
同じ手口でも、現代では容易に車を特定され逮捕されてしまうに違いない。もちろん捜査手法の進化などはあるが、それを差し置いてもこう思ってしまう。犯人が見事に逃げおおせたのは、こうした時代の空気が後押ししたのではないか――、と。
Jタウンネット編集部 大宮 高史