宮沢りえ、森田剛と出会うまでの“壮絶人生” (2/2ページ)

日刊大衆

しかしマネージャーだった母親と離れて、アメリカのロサンゼルスに移り、自分を見つめ直したことが転機になる。宮沢が独り立ちを決心すると、多くの知人が手助けしてくれたそうで、その1人が歌舞伎役者の坂東玉三郎だった。玉三郎はロサンゼルスから10か月ぶりに帰国した宮沢に、かつて共演した舞台『天守物語』の再演で復帰への道を用意。玉三郎の支えで、再び輝きを取り戻した宮沢のもとには、舞台や映画の出演オファーが数多く舞い込み、宮沢は演技派女優としてのキャリアを着実に積んでいった。

■森田剛との結婚を決めた感動秘話

 このように、女優として自立していった宮沢だが、恋愛面でも母親の干渉から逃れるようになったという。09年にハワイ在住のプロサーファーとつきあっていることを知った母親が、当時滞在していたパリから急きょ帰国して、交際に反対したものの、宮沢は母親に反発するかのように交際を続け、“できちゃった婚”をしている。

 しかし14年に母親が他界すると、その2年後には離婚してシングルマザーとなる。宮沢は離婚協議中から、俳優の古田新太や劇作家の赤堀雅秋らとの交際が報じられるなど、恋愛面で奔放になっていった。そんな中、舞台で共演した森田とゴールインしたわけだが、結婚を決意したきっかけは、宮沢の長女が森田のことを「パパ」と呼んだことだという。それまで「剛くん」と呼んでいた長女の変化に感激した宮沢と森田は、長い交際期間にピリオドを打ち、結婚を決めたそうだ。

 さまざまな出来事を経験し、ようやく平穏を手に入れた宮沢りえだが、森田剛との関係も良好の様子。末永く幸せに過ごしてほしいものだ。

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